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燻製の可能性を信じて。KEMUMAKI・KUNがつくる喜びの物語

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燻製の可能性を信じて。KEMUMAKI・KUNがつくる喜びの物語

恵庭市事業者の想い

文:本間幸乃  写真:斉藤玲子

まっすぐだと思っていた道の先に、思いがけず分岐点が現れることがあります。
たとえば、組織の中に居続けるのか、独立するのか。分岐点の前で自問自答を繰り返し、すすむ道を決めたあとは足を進めるしかありません。

「燻製キッチンKEMUMAKI・KUN」代表の外山孝さんは、長年勤めた洋菓子店から燻製店店主へと転身した、異例の経歴の持ち主です。「組織からの独立」というだけでも大きな変化であるはず。なのになぜ、積み重ねてきた洋菓子とは異なる道を選んだのでしょうか?外山さんが至った独立という道への物語をひもときます。

作ることが好き。スイーツから燻製に至った意外な理由

緑が生い茂る恵庭大通り、通称「グリーンベルト」の中通り沿いにある「燻製キッチンKEMUMAKI・KUN」は、せり出たブラウンのひさしが目印です。ガラス張りの外観は、一見街のケーキ屋さんのよう。

店内には「全部が燻製?」と驚くほど、豊富な商品がずらりと並んでいます。平日のお昼にもかかわらず、親子連れで、グループで、お一人で・・と、年齢も性別も様々なお客さんが来店され、じっくりと商品を選んでいました。
まずはKEMUMAKI・KUNならではの燻製について伺います。

ーー先日チーズなどが入ったセットを食べました。どれもおいしかったのですが、燻製の風味が強すぎないな、と感じました。何か特別な作り方をされているのでしょうか?


外山:子どももお年寄りも食べられる商品にするために、チーズやナッツで使う燻製チップは5種類をブレンドしています。桜だったら桜の、ナラだったらナラのクセがあるのですが、混ぜることで食べやすくなるんです。洋菓子店での経験から、クセのあるチーズでもブレンドすることで食べやすくなることを知っていたので、チップにも活かせるのではないかと取り入れました。

魚介系は、オイル漬けにすることでちょっと柔らかめに仕上げています。どの商品もお菓子のような、ソフトな食感を目指しています。

外山:店舗限定のカヌレやフィナンシェは、ウィスキーオーク樽のチップを使って、バターから燻製をかけています。「焦がしバター」のようなイメージですね。ウィスキーの香りが移ったバターを生地に混ぜ込んで、焼き上げていることが特徴です。

外山:燻製店での独立を決めた時から「スイーツも出そう」と考えていたので、総菜類を出しつつ、燻製スイーツの種類も徐々に増やしています。

店の作りもケーキ屋さんをイメージしたんですよ。生ものをメインとした冷蔵のショーケースを入れて、常温コーナーも作りました。生ものといっても、4〜5日持つのが燻製の良いところですね。

ーー「スイーツと燻製」という組み合わせは珍しいですよね。ホームページで拝見したのですが、創業前は約30年もの間、洋菓子に関わってきたとのこと。燻製店を開こうと思ったきっかけは?

外山:5年ほど前にスモークサーモンや合鴨のスモークを食べて「美味しいな」と思ったことがきっかけです。当時は会社員だったので、出張先で燻製の店を探して食べ歩いたり、家でも作るようになりました。

燻製を作りはじめた理由は、食べることも好きなんですが、やっぱり作ることが好きだったから。燻製づくりは工程が多く、出来上がるまで時間がかかります。その「手をかけて作り上げる」ことこそが魅力だと思っています。

そもそも洋菓子に関わっていたのも、作ること自体が好きだったから。実は燻製に出会った頃は「もうケーキじゃなくてもいいかな」と思っていました。

ーーえっ!そうなんですか。

外山:レストラン、ホテル、洋菓子店と30年ほどケーキを作り続けてきて「このまま同じことを続ける」ことに徐々に違和感を抱くようになって。以前から独立願望があったので、もし自分の店を構えるのであれば、ケーキ屋ではない店にしようと考えていました。

外山:何をしようか迷っていた中で、辿りついたのが燻製。そして燻製に至ったもうひとつの理由というか、独立を決めた後に気付いたことがあって・・。

実家が青森で、タバコの葉っぱを作る農家をしているんです。タバコって煙が出るじゃないですか。

ーーああ!

外山:最終的に実家と同じ「煙」に関わる道に進むんだなって、後々気づいたんです。

ーー面白いですね。

外山:偶然なんですけどね。小さい頃から家の手伝いをしていたので、農作業は自分にとって作ることの原点かもしれません。

調理の道に進んだのは、兄からの影響が大きいと思います。料理好きの兄が家の食事を作っている姿を見て、私も料理をするようになりました。昔も今も、ただ「作ることが好き」というだけなんですよね。

喜びのストーリーは自らの手で

「煙」という故郷との意外な共通点に導かれながら、燻製にたどり着いた外山さん。しかし、独立を考え始めてから店を構えるまでの約10年は、組織の中で進む方向を模索していたと言います。

ーー独立を考え始めたのはいつごろだったのでしょう?

外山:10年くらい前からですね。35才頃かな。「これだ」っていうものが、なかなか見つからなくて。独立を考え始めた当初は、ケーキ屋を開くことも頭をよぎったのですが、「違うな」と思いなおしました。

ーー前職では道内外で有名な洋菓子店で、商品開発もされていたとのこと。ご経験を活かしてケーキ屋さんを開いたら、お客さんもたくさん来そうですが。

外山:それが私にはあんまりしっくりこなくて・・。なんとなく息詰まるような感覚がずっとありました。

会社での商品開発は、ルールや制約がある中で、新商品を生み出し続ける必要がありました。追われるように開発する日々に息苦しさを感じたというか、やりきったというか。

外山:会社で開発したものは、大手になればなるほど、誰かに任せて作ることになる。開発した人ではない誰かが商品を作り、また違う誰かが販売することになります。結局「自分で作った」手触り感がなくなってしまうんですよね。

だから自分が開発したものを「おいしいね」と言われても、あまり実感がわかなかったんですよ。お客さんに届いている、喜んでもらえている、という手応えが感じられなくなっていました。

ーー今のお話から、作ることの楽しさ、ものができあがる喜びと、「美味しい」と思ってもらえることの嬉しさ、喜びは種類が違うのかなと思ったのですが。私にとって作ることは「一人の世界」というイメージがあります。

外山:2つの喜びというか、私は喜びはストーリーになっていると思うんです。一人で作ることから生まれる喜びから始まって、最後にお客さんの「おいしい」がある。

組織にいる時は、この喜びのプロセスが部門で切り分けられていました。開発だったら開発だけ。組織の中で作ることと、1から店を立ち上げて、自分がおいしいと思うものを作ることは、全然違うんですよね。

自分が作ったものを自ら手渡すことができるからこそ、お客さんに喜んでもらうまでの過程にも、喜びがある。作りながら楽しめる。ときに思い描いていた最後にたどり着けないこともあるのですが、それも勉強だと思えます。失敗を経て「おいしい」をもらえたときは、倍喜べますから。

この喜びのストーリー全体が、私にとっての「やりたいこと」。だからずっと独立願望がありました。

ーー喜びはつながっているのですね。最終的に「会社を辞める」という決断ができたのはどうしてでしょう?

外山:会社にいて安定した給料をもらえていても、ずっと「なにかが違う」という違和感が拭えませんでした。刺激が欲しかったのかもしれませんね。

独立を選ぶことに不安はありましたが、やることをやって失敗したらしょうがない。「人生いつ死ぬかわからないから、やれる時にやろう」と決断しました。

(写真提供:KEMUMAKI・KUN)
(写真提供:KEMUMAKI・KUN)

外山:店を開くにあたって、燻製をしっかり学ぼうと研修場所を探しました。辿り着いたのが「横浜燻製工房」。味とオリジナリティ、窯へのこだわりに惹かれて、「教えてほしい」と直談判しました。そこで習得した知識や技術を活かしながら、自身のアイディアも取り入れて、燻製作りを行なっています。

燻製の要となる窯も横浜燻製工房に習い、横浜の工務店で作られたオリジナルの木製窯を使っています。

調味料のように。子どもも楽しめる燻製を目指して

組織での商品開発という、一見クリエイティブで華やかに見える仕事の中で感じた息苦しさ。そこから外山さんは自らの喜びに気づき、新しい道を歩み始めます。退職後に物件を探していたところ、知り合いだった「Cafe&Dining Bar Lin」店主からの「隣が空いたよ」という知らせがきっかけとなり、2022年8月にKEMUMAKI・KUNをオープン。
初めての経営という困難と向き合いながらも、燻製の可能性を広げ続けている現在、どのような未来を描いているのでしょうか。


ーーお店を立ち上げてからもうすぐ1年ですが、大変さや苦労はどのようなところにありますか?

外山:店を始めて分かったのは、燻製って常に手にとるものではないということ。ケーキはコンビニでも買えるのに、燻製はちょっと置いてあるくらいですよね。「おいしいのにどうしてだろう」と考えていました。

燻製のおいしさを知ってもらうには、少しでも買いやすい商品が良いだろうと、オープン当初はサラダや「燻製さくらザンギ」などの総菜を中心としたメニューを出していました。それでもやはり集客には苦労しましたね。ネット販売やふるさと納税を始めてから、徐々にお客さんが増えてきました。

お弁当にも入っている「燻製さくらザンギ」。単品は注文を受けてから揚げている
お弁当にも入っている「燻製さくらザンギ」。単品は注文を受けてから揚げている

外山:「KEMUMAKI・KUNの味をもっと知ってもらいたい」という思いから、店内では予約制のコースも始めました。ときにはコースの途中で、試作品をお客さんに食べてもらうことも。いただいたお声は、テイクアウトのラインナップを決める際の参考にしています。

会社では商品を出すまでにも時間がかかりました。今は作ってすぐにお客さんに出すことができる。これも個人店ならではの良さだと思っています。

一人で何役もこなすことは大変ですが、「おいしい」と言ってくれるお客さんに出会える喜びは大きいですね。

ーー燻製スイーツやコース料理とすでに様々な挑戦をされていますが、今後「こんなお店にしたい」という夢はありますか?

外山:これからも自分で作ったものを、自分の手で届けていきたいというのが理想です。

最終地点は、子どももおいしく食べられる燻製を作って、喜んでもらうこと。いつか燻製が調味料のように、年齢問わずどんな人にも楽しんでもらえる風味のひとつになればいいなと思っています。

インタビュー後の撮影でのこと。「おすすめの商品を持っていただけますか」とお願いすると、外山さんが真っ先に手にとったのは、4つの燻製が入った「ケムマキ・セット」でした。「お客さんに喜んでほしい」という思いがギュッと詰まった、色んな味が楽しめるセット。とっさの行動からも外山さんの信条が感じられた瞬間でした。

撮影が終わったあとに食べた店舗限定のパフェは、ヨーグルトにほのかな燻製の香りがついた、驚きの味。「おいしいです!」と伝えた時の外山さんの笑顔が、私にとってこの日一番の喜びになりました。

店舗情報

燻製キッチンKEMUMAKI・KUN
〒061-1443 
北海道恵庭市栄恵町1-2 レジデンスアルファ 1階C
電話 0123-25-1122

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