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羽幌町

赤ちゃん誕生の感謝を形に。「町の資源」が羽幌の未来につながる

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赤ちゃん誕生の感謝を形に。「町の資源」が羽幌の未来につながる

羽幌町プロジェクト

文:三川璃子 写真:​​原田 啓介

生まれたばかりの赤ちゃんは、1日の大半を抱っこと「布団」で過ごします。それだけに赤ちゃんにとって、布団は大事なもの。

「羽幌に産まれて来てくれてありがとう」

そんな想いを形に、羽幌町では新生児に焼尻サフォークのめん羊布団をプレゼントする事業を行っています。かつては、産業廃棄物として捨てられていた焼尻サフォークの羊毛。この羊毛が、赤ちゃんも安心して使える町の資源になるまでには数々の試行錯誤が必要でした。
羽幌の子どもたちの未来を考え、資源を守り続けている緬羊工房の本間範子さんからお話を伺いました。

「もったいない」から始まった、焼尻サフォークの羊毛活用

布団に使われている毛は、全て羽幌焼尻島で飼育されている焼尻サフォークの羊毛です。かつてニシン漁ができない不漁期間中、新しい産業を生み出すためにサフォーク羊が飼育され始めました。海に囲まれ、クマなどの外敵がいないストレスフリーな環境で育つ焼尻サフォークは、国内最高峰の高級羊肉として有名です。

一方で、刈り取られた毛は全て産業廃棄物として捨てられていました。羊毛も羽幌町が生み出した貴重な資源。それに目をつけたのが本間さんです。
手編みのカウチンジャケットやフェルトが壁一面に並ぶ店内。本間さんが運営する、緬羊工房にお邪魔させてもらいました。

ーー羊毛でさまざまな商品をつくられているのですね。緬羊工房はどういったきっかけでスタートしたのでしょうか?

本間
:私は、若い時から編み物で生計を立てていました。編み機が廃れて手編みの時代になった頃、ここの2階で手編み教室などの活動をしてたんですね。

その流れで、羽幌公民館の成人学校の手編み講師をすることになりました。10日間毎に行われる講座で、講座が終わった後も受講した生徒みんなが編んだ制作物が小ホールなどに展示されるんです。講師活動を続けていた時に、講座だけではもったいないね、ということでまずは手編みサークルをつくることになりました。

そこでメンバーを集めて活動していたのが緬羊工房立ち上げのきっかけでもあります。

ーー手編みサークル立ち上げ時から焼尻サフォークの毛を使っていたのですか?

本間
:いえ、その時は既製品の毛糸を使っていました。

公民館で活動をしていた時にお世話になっていた、教育長の佐藤さんから「焼尻のめん羊を使ってみないか?」と声をかけていただいたのがきっかけです。

毛糸から作ったこともないし…と迷っていたのですが、いつも展示の制作物を見てくださっていた当時の公民館長の畑さんも背中を押してくれて。「面白そうだし、やってみよう!」と動き始めました。

焼尻サフォーク羊(写真提供:緬羊工房)
焼尻サフォーク羊(写真提供:緬羊工房)

ーー羊毛活用に踏み切るのは、かなり大きな挑戦ですね。毛糸にするまでの工程は大変ではなかったですか?

本間
:まず大量の羊毛をもらってから糸にするまでが大変でしたね。今まで毛を扱ったことがないので、町の農家の人やいろんな人に話を聞いて、1年中試行錯誤で毛糸作りをしていました。

島から送られてきた大量の羊毛は、手で選別します。私たちメンバーだけじゃ人が足りないので、ボランティアを募ってみんなで協力してやりました。
羊毛は草や餌が刺さっているものは使えないので避けますが、汚れは問題なく落とせるので、多少汚い毛も捨てずに全て洗いに出します。

羊毛選別の様子(写真提供:緬羊工房)
羊毛選別の様子(写真提供:緬羊工房)

選別が終わったら、次は洗浄です。洗いが本当に大変なんですよね。羊毛の汚れは普通の洗剤じゃ落ちません。北海道では手に入れられないモノゲンという専用の洗剤を本州から取り寄せて使ってます。

また、大量の羊毛をぬるま湯で洗う必要があるので、町の施設である漁村環境センターのお風呂場を使わせてもらっています。完全に油分を落としすぎても毛がパサパサしてしまうので、そこを色々と調整しながら…手間はかかるんですけど、私たちも羊毛にハマっちゃっていたので、色んなことに挑戦しましたね。

ーー選別から洗浄まで手作業だったのですね…驚きました。そんな大変な作業までもやろうと、本間さんを突き動かしたものは何ですか?

本間
:焼尻サフォークの毛を使おうと思った時に、役場の人に聞いてみたんです。「この毛は今までどうしていたのか」って。そしたら、他の地域まで1km何円とお金をかけて運んで捨てていたと聞きました。羊毛活用に挑戦した人も今までいたようですが、サフォークの毛は他の羊の毛と比べると固いので、柔らかい毛糸にするのが大変で、手を出した人も次々と諦めてしまったとか。

それを聞いた時、本当に「もったいない」と思いました。
もうそこからは虜になってしまって。地元羽幌でとれた資源をどうにかしなくちゃ…「なんとかしよう」それにまっすぐ突き進むしかないと思ってやっていましたね。

「私たちがやらなきゃ、またこれが廃棄物になってしまう」ずっとそういう頭でやってます。私たちが取り組み始めたこのサフォークの羊毛も、正直、緬羊工房だけでは使い切れない量です。パッチワークをする人に使わないか声をかけたり、クッションの中わたにも使えるので、必要な人にあげたりしています。町の資源は町のみんなに大事に使って欲しいし、もっとみんなで生かしていきたいですね。

町の資源をみんなで大事に使いたい。新生児めん羊布団プレゼント事業の誕生

平成25年度から始まった、新生児めん羊布団のプレゼント事業。そこには、本間さんが町の資源をもっと町の方に大事に使って欲しいという想いが込められていました。

ーーめん羊布団プレゼント事業はどういった過程で始められたのでしょうか?

本間
:北海道東川町の「君の椅子」事業って知ってますか?「君の居場所はここにあるよ」という意味を込めて新生児に椅子を贈る事業なんですけど、ずっと前から素敵な取り組みだなぁと思っていたんです。そんな素敵なことが羽幌町でもできればいいなって。

そのことをふと思い出した時、「自分たちの町にも羊毛という資源があるじゃないか」ということに気がつきました。「これで赤ちゃんの布団をつくろう!」と。そこから緬羊工房で一緒にやってきたメンバーみんなで作り始めました。

当初「そんなのできるわけないよ」と言うメンバーもいましたが、「できるわけないかもしれないけど、まずはやってみよう」と伝えて取り組み始めたんです。今では反対していたメンバーが1番熱量高く、布団事業に力を入れていますよ。

ーーでは、新生児へのめん羊布団プレゼント事業は本間さんの緬羊工房から発信されたものだったのですね。

本間
:そうですね。ただ、私たちだけで赤ちゃん布団の試作品を作るまでも大変で。なんせ私たちは編み物サークルだったので布団なんて作ったことはありませんので、全部一から試行錯誤でした。

まずはほどいた羊毛を打って硬さを定めます。硬すぎても柔かすぎても赤ちゃんの繊細な身体に合わないので、そこを調整しつつ1番いい状態を探っていきました。

ただし、毛を布団サイズに打つ機械が必要で。それがとても大きすぎて私たちが布団のために買えるようなものではありませんでした。
地元企業さんに頼んで、1組何円で作れるかなど考えていたのですが、まずは役場に持って行って相談しようということになったのです。

ーーそうだったのですね。その時の羽幌町役場の方の反応はどうだったんですか?

本間
:私たちは本当に熱意を持って「羽幌で生まれた赤ちゃんに、羽幌の資源を使ったこの布団をプレゼントしたい」と伝えました。当時の産業課長の方がこの話を聞いてくれて、真剣にこの取り組みのことを考えてくださってね。最終的に「うん、いいな!やるか!」と賛同いただき本格的に動き始めました。

その後は、役場の人と一緒に地元企業の布団屋さんに相談しに行って、コンセプトなどを決めていきました。

お布団はこの生成りの白色で統一しています。子どもに色をつけていくのは母親の仕事だから、私たちは無垢の状態で届けたいという想いを込めています。また布団と一緒に、巾着に羊の親子のマスコットと、かぎ針で編んだ赤ちゃん用の小さな靴下と手袋、メッセージカードも入れて届けています。

新生児に贈られる、めん羊布団のセット
新生児に贈られる、めん羊布団のセット

お母さんの笑顔も紡ぐ、めん羊布団

羽幌町めん羊布団プレゼント事業が始まって8年目。事業を進めていく中で、布団を受け取るお母さんや町の反応はどうだったのでしょうか。羽幌町の昔と今の時代の変化についても伺いました。

めん羊布団と一緒に贈られる、赤ちゃん用の手編みの手袋
めん羊布団と一緒に贈られる、赤ちゃん用の手編みの手袋

ーー赤ちゃん用の手袋も可愛いですね!メッセージカード付きで赤ちゃんの誕生を祝ってくれる町、素敵です。町民で良かったって思いますよね。

本間
:受け取ったお母さんからは「新生児にこんなプレゼントを用意してくれる町ないですよ」という喜びの声をよくいただいてます。「妊娠、出産中の大変な時に布団を買いに行かずに済み、安心して出産に挑めました」と言ってくれる方も。

この事業が始まって第1号の人に布団がプレゼントされた瞬間は、今でも忘れられません。第1号で受け取る予定の方が、ちょうど出産予定日が新年度の4月1日に入るか入らないかの瀬戸際でした。プレゼント事業開始が4月1日だったので渡せるかどうか不安で、とてもソワソワして。4月1日以前に産まれても、その子には渡せるように緬羊工房から布団は用意していたんですけどね。

結局その子は4月1日に産まれて、役場から布団が贈られることになりました。テレビ番組でも、町長さんがその方に手渡しで布団が届けられる様子が取材されたんです。そのお母さんが受け取った様子を見たときは、本当に涙が出るほど嬉しかったですね。

ーーそれは嬉しいですね。布団を受け取ったお母さん方はみんな喜んでくださっているんですね。

本間
:そうですね。でも、だんだんと時が経つに連れてめん羊布団の良さが伝わりづらいこともあり、くじけそうになる時もあります。

昔は、町全体で子育てができるような環境でした。私自身、羽幌で子どもを産んでいます。私が子どもを産んだ当時、私も羽幌町のみんなに助けられていました。お互い仕事をしているママさん同士で子守を代わったり、お母さん同士の仲間意識が強かったんですよね。1人のお母さんが3人も4人も子どもを見てくれて、本当に助かりました。

転勤で来られたご主人が「子育てするのにこんなにいい土地は他にない」と喜んでいたのを覚えています。それだけ羽幌は、町全体で子どもの成長を見守るような環境だったんです。

今ではその環境が少しずつ薄れているような気もします。だからこそ、お母さんの力になれるこの事業をつくった方がいいと思えたのかもしれません。

ーーこの布団を通して、赤ちゃんのお母さんにどんなことを伝えたいですか?

本間
:この布団を受け取ったお母さんが子どもに「この布団は羽幌からもらったものなんだよ」ということを伝えていって欲しいです。そしてその娘さんや息子さんが子どもができた時も使って欲しいですね。第2世代、第3世代と大事に使って行ってもらえたら嬉しいです。

子どもたちが羽幌で挑戦したいと思えるような未来へ

焼尻サフォークの羊毛活用も、めん羊布団事業も後継者問題を抱えているのが事実だと本間さんは言います。様々な葛藤がある中、本間さんが取り組み続けるのには理由がありました。

本間
:私たちがこの事業を辞めたら、この町で挑戦したいと思う若者もいなくなってしまうと思ってるんです。私たちは、この町にしかない貴重な資源を使って、この町の人のために取り組んでいます。それはまちづくりにもつながることだと思うんです。

自分が身につけた知識や技術は、自分でしまっておくのではなく、できれば全部みんなに伝えていきたいですね。そこから町おこしにもつながると思いますし。

自分たちが一歩踏み出せば、きっと誰かにつながっていくと信じて続けています。

取材当日、本間さんが実際に紡ぎ車を使って糸を紡ぐ様子を見せてくれました。手と足と指先を同時に動かしながら繊細に紡いでいく作業。本間さんはこうして一つ一つ小さな作業から、羽幌の資源を大事に守ってきたのだと感じました。筆者も糸紡ぎに挑戦させてもらいましたが、スムーズに紡げるはずもなく。しかし、本間さんは取材で訪問した私たちにもとても丁寧に熱心に紡ぎ方を教えてくださいました。「自分の持つものはみんなに伝えていきたい」という想いを肌で感じた瞬間でした。布団に込められた本間さんの想いは、羽幌で子どもたちが挑戦できる未来へとつながっていくことでしょう。

会社情報

緬羊工房
〒078-4104 苫前郡羽幌町南 4 条 3 丁目 
TEL:0164-62-1529

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