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大好きな本別の特産品を残したい。伝統を守りつなげる渋谷醸造の軌跡

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大好きな本別の特産品を残したい。伝統を守りつなげる渋谷醸造の軌跡

本別町事業者の想い

文:三川璃子 写真:山田祐介

日本の伝統食品である「味噌」や「醤油」。和食ひいては日本の食卓にとって、欠かせない存在です。

日本一の豆のまち・本別町で80年以上に渡って、味噌や醤油などの発酵食品を製造する渋谷醸造。一度は閉業の危機にさらされたものの、現代表の岡田清信さんが引き継ぎ、伝統の味を守り継いでいます。「小さな頃から渋谷醸造の味噌汁が好きだった」と語る岡田さん。渋谷醸造のこれまでの歩みと岡田さんが商品に込めた想いをひもといていきます。

本別が誇る特産品を未来に残したい

「生まれ育った町・本別の産物をなくしたくない」という想いで立ち上がり、渋谷醸造を守り続ける岡田さんからは、言葉の端々に地元への愛溢れるまなざしが感じられます。木の香りがする工場兼直売所の中で、渋谷醸造のこれまでの歴史をうかがいます。

ーー渋谷醸造の創業やこれまでのお話をきかせていただけますか?


岡田:ここは昭和8年に創業しました。富山から来た久保さんという方が始めたそうです。当時の屋号は「丸久」、今も看板にその印があります。

その後、2代目を渋谷岩雄さんが引き継ぎ、その長男の義雄さんが3代目。経営者が変わりながらも、十勝産の豆を使った製法は変えずに営まれてきました。先代が守ってきた「安心安全な商品をつくること」は、今もずっと大事にしています。

ーーどのような流れで岡田さんが渋谷醸造の4代目を引き継ぐことになったのでしょうか?

岡田
:私は本別町出身ですが、高校卒業後は「外の世界を見て経済を勉強してこい」という父の教育方針もあり、関東で金融証券会社に勤めていました。お金の流れを見る仕事なので、世界情勢がよくわかるんですよね。例えば、海外では人口が増えていますが、日本では減る一方です。人口が減ると道路や水道などの公共事業も減ります。うちは家業が建設業だったので、将来を見据えたときに危機感を感じたんです。

もう一方で、未来について考えを巡らせていた時、本別町には豆や小麦という貴重な「穀物」があることに気づきました。世界人口が増える未来には、「穀物戦争」が危惧されています。ましてや日本は、食糧自給率も低い。そう考えたときに、豆の産地である本別町は強いし、「これは守っていかなきゃいけない」と。証券の仕事で世界情勢を見ながらも、「いつかは食に関する仕事ができたらな」とくすぶっていました。

岡田:そうした中、平成5年に家業の建設業を手伝うために本別に戻った際、渋谷醸造が閉業の危機に立たされていると知りました。商工会の理事をやっていた父が自ら、「地元の特産品を絶やすことはできない」と後継者を探していたんです。それを見て「俺にやらせてくれ」と、手を挙げて。親父もびっくりしてました。

ーー全くの異業種だったのにもかかわらず、手を挙げられたのはなぜですか?
とても勇気がいることだと思いますし、自ら動こうっていうのが素晴らしいなと。

岡田
:私自身も「やれるかな」という不安もありつつ、思い切って飛び込んでみました。
小学校の頃から渋谷醸造にはお世話になっていたんです。工場見学もしたし、家で食べるお味噌汁も渋谷醸造のもの。自分が好きだった思い出があるからこそ、「無くしたくない、残したい」と思ったんです。

関東から本別町に帰ってきた時、「地元に特産品があるって、なんて素晴らしいことなんだ」と感じました。渋谷醸造の伝統ある発酵技術はこれからの未来に必要であり、守っていくべきもの。そう思って新たな業種に飛び込むことを決意しました。

伝統ある発酵技術をイチから学ぶ

改めて本別町の特産品の素晴らしさを知り、新たな挑戦に一歩踏み出した岡田さん。しかし、歴史ある渋谷醸造の伝統を残していく道は決して平坦ではありませんでした。

ーー未経験の中、事業を引き継がれて、いちばん大変だったことは?実際に始めてみてからわかることも、きっとたくさんありますよね。

岡田
:もう何もかも、わからないことだらけで大変でした。軌道に乗るまで、思い描いていたよりも長い道のりでしたね。

岡田:最初の1年間は、前の杜氏さんのもとで修行して、つくり方を教えてもらっていました。未経験でも発酵について勉強を重ねて商品がつくれるように。だけどやっぱり、味噌の味は大変でしたね。

販路拡大の面でも、全くの異業種から参入したので苦労しました。工場も一から建設したんです。本当は前の工場をそのまま受け継ぐ予定だったのが、保健所からの許可がおりなくて。いろいろと厳しかったですよ、建てるときは。
せっかく古くから蔵に染み付いてくれた、良い菌も使えなくなってしまって。味噌や醤油の発酵には菌が必要ですから。新しい工場を建てたときは、「微生物や菌といかに仲良くするか」を大事にしていました。

ーー菌と仲良くですか?

岡田
:そうです。「菌が生き生きできるような」環境づくりを重視しました。

前の工場で使用していた内装材も、まだ使えるものは持ってきたり。化学塗料はなるべく使わない。湿度を保つためにカラマツの木の内装材を入れたり、とにかく菌の住み心地がよくなるように。
これだけ気を使っても、麹の湿度が保たれなかったり、菌と仲良くするって結構難しいこと。試行錯誤の末、やっと理想の味に近づけました。

ーーたくさんの試行錯誤の末にたどりついた理想の味なんですね。渋谷醸造の味をつくるために、他に何かこだわっている点はありますか?

岡田
:うちでつくっている商品は、全て本別産の豆を使っています。他の豆とブレンドすることなく、100%本別産。

岡田:日本一の大豆の産地である十勝。中でも本別町の豆の品質は格別です。本別産の「とよまさり」という品種は、豆の中でもタンパク質が多いんですね。このタンパク質が発酵することで、アミノ酸に変わり旨み成分に変化します。この旨みたっぷりの味噌や醤油は、本別町の豆じゃなきゃつくれないんです。

さらに、本別の豆は薄皮なので、皮を取り除かずに丸ごと使える。豆の油も丸ごと抽出してつくっていますよ。

ーー本別町の豆を丸ごと使っているんですね。
今後も続けていくのでしょうか?

岡田
:ええ、これはもうずっと続けて守っていきます。本別町は大正時代に、「小豆の輸出で世界の相場を動かした」という歴史あるまち。今もなお、豆づくりに対して意識やこだわりの強い農家さんが多いんです。

土壌や気候も豆づくりに最適な環境で、虫がよりつかず、減農薬で育てることができるんです。体にも良く、品質がいい。農家さんが丹念に育ててくれる本別の豆だからこそ、これからも大事に使っていきたいです。

広大な農地で育てられる本別の大豆(写真提供:本別町役場)
広大な農地で育てられる本別の大豆(写真提供:本別町役場)

食べ物は、薬にも毒にもなるから お客さまが安心して口にできるものを

丹念に育てられる本別の豆を使い、味噌や醤油をつくり続ける渋谷醸造。伝統を守り続ける一方で、「みそトマト」や「チーズとうがらし」などユニークな商品も。新しい商品を開発する背景には、事業を引き継いでからの26年間で受けた時代の波がありました。

ーー岡田さんが引き継いでから26年間、時代の変化などで苦労したことなどはありましたか?

岡田
:いやあ、もう3〜4年に一遍というか、日々苦労してますね。今はいろんなサイクルが速すぎて。麹ブームなど、世間の流行に振り回されることもありました。ブームに乗れても、過ぎ去ればしぼんでしまう。発酵食品の消費量は年々減っているのに、ブームが起こると急に生産量が増える。過ぎ去った後の売上はガクンと落ちるので大変でした。

岡田:流行り廃りを経験して、ブームに翻弄されない「健康」に特化した商品をつくろうという観点に変わったんです。でも我々のような中小企業は、思い立ってもすぐ商品ができない。時代の流れにも対応できるように、平成15年から毎年ずっと商品開発をしています。

ーー具体的にどんな商品を開発しているのですか?

岡田
:「みそトマト」や「味噌漬けカマンベール」など、オリジナリティたっぷりの商品を開発しています。特におすすめは「みそトマト」。味噌なのにスイーツのような甘みを感じる商品です。味噌の塩分は3%以下に抑え、麹の量を多くすることで青臭さを消し、甘く仕上げました。今の形にたどり着くまで10年はかかりましたね。トマト嫌いのお子さんも食べられると好評です。

おつまみにもピッタリでスイーツのような甘みを感じるみそトマトは、お酒好きの岡田さんだから生まれたアイディア(写真提供:渋谷醸造)
おつまみにもピッタリでスイーツのような甘みを感じるみそトマトは、お酒好きの岡田さんだから生まれたアイディア(写真提供:渋谷醸造)

ーー甘いみそとトマト、ありそうでなかったコラボです!岡田さんの斬新なアイデアはどこから沸いてくるのでしょうか?

岡田
:私、実は酒飲みでして。(笑)おつまみとお酒が毎日の夕食なんです。妻が出してくれたトマトのホイル焼きを食べた時に、「このトマトの甘みと、うちの味噌と醤油で何かできないかな」と思ったのが始まりです。

「トマトが赤くなったら医者が青くなる」って言うほど、トマトは健康にいい食べ物。うちの味噌も発酵食品なので体にいい。「2つを合わせて健康的なおつまみができたら、罪悪感なくお酒が楽しめるな〜」と思ったんです。

最初は斬新すぎて受け入れられないこともありましたが、「食べてみたら本当に美味しい!」と少しずつ評判をあげてきました。

ーーお酒好きの岡田さんにしか、つくれなかった商品ですね。
「健康」というキーワードを大事にしているのには理由はありますか?

岡田
:私は毎日の食事で免疫力を高めて、健康でいることが大事だと思うんです。食品は薬にもなるし、毒にもなります。お客さんが安心して食べられる商品を提供したい。だから、うちの味噌、醤油は無添加でつくっていますし、新商品にも極力添加物は使わないようにしているんです。

岡田:もうひとつ、20年前からずっとこだわっているのが、PET容器を使わないこと。うちの醤油は全て瓶に詰めて届けています。健康や環境問題の観点からです。瓶は重いし、価格も高い。周りに「コスパが悪いからやめた方がいいんじゃないか」って言われることも多かったのですが、変えずにやってきました。

ーー商品開発だけでなく、容器にまでこだわってやってこられたんですね。変動の大きい道のりの中で、岡田さんを支えたものって何だったんでしょう。

岡田
:お客さんの「美味しい」というひと言が、私にとって一番の褒め言葉ですね。非常に嬉しい。まずは、食べてもらうことが必要。お客さんが安心して口に入れられる商品づくりを心がけています。そして、「美味しい」とニコッと笑っていただければね。

本別の豆の素晴らしさを世界へ

岡田さんの言葉からは、お客さんを1番に大事にする優しさと、商品づくりに対する情熱が感じられます。安心して口に入れられる商品をつくり続ける、渋谷醸造のこれからについてうかがいます。

岡田:もっと伝統的な日本食に誇りを持って、未来へ残していきたいと思います。私たちがつくっている味噌や醤油などの発酵食品もそのひとつ。無添加で人に優しい商品を残すために、奮闘していきたいです。

そして、やっぱりこの本別の豆で、海外へも進出したいなと思ってます。
大豆は、世界五大健康食品にも認定されていて、海外では「大豆」の健康効果に注目する流れがきている。海外では味噌汁といっても、まだまだフリーズドライ式のものが流行っている状況ですが、もっと本来の味噌や醤油の形で届けていけたらいいなと思っています。

本別町に帰ってきたからには、同時に豆のまちということを商品を通して訴えていきたいです。国内に限らず世界にも、本別の名前が広がっていって欲しいですね。

「どんなに深酒しても、朝にうちの味噌汁を飲めば目覚めるんです」と笑顔で話してくれた岡田さん。他の味噌汁じゃ体が起きないんだそう。長年の渋谷醸造への愛を感じるエピソードでした。

取材後には「チーズとうがらし」や「麹のめぐみ」「南蛮みそ」などの岡田さん一押しの商品をお土産にいただきました。麹の甘みや醤油の香り、味噌の味わい深さを感じる商品。岡田さんの情熱こもったお話を聞いたあとに食べると、口に入れるだけで体中が元気になるように感じます。

安心安全にこだわり抜いた渋谷醸造の商品、ぜひ召し上がってみてください。

(写真提供:本別町役場)
(写真提供:本別町役場)
(写真提供:本別町役場)
(写真提供:本別町役場)

会社情報

渋谷醸造株式会社
〒089-3305
北海道中川郡本別町共栄14番地3
電話 0156-22-2077

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