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「母さん、会いに来たよ」植村水産が結ぶ浜益の笑顔

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「母さん、会いに来たよ」植村水産が結ぶ浜益の笑顔

石狩市事業者の想い

文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子

「母さん」と聞いて思い浮かべる人は誰でしょうか。自分を産んでくれた母親はもちろん、母のように慕い、気にかけてくれた人。その顔を思い出すと、心がほっと温かくなる人ーー家族を越えた場所で生まれる結びつきが、自分を支えてくれることがあります。

「人にはずっと恵まれてきた」という植村水産の植村牧子さん。家族や友人、地域の人たち、お客さま・・生まれ育った浜益で、一人ひとりと向き合いながら歩んできた道のりをうかがいました。

35年を支えたゆるやかな繋がり

石狩湾沿いにのびる国道231号線をまっすぐ走ると見えてくる、「煮だこ」の赤いのぼり。のどかな海辺のまちにたたずむ植村水産は、「ここが直売所?」と思うほどシンプルな店構え。時期によっては、店の前で干物がくるくると回っている姿も見られます。

開けっぱなしのドアをくぐると、「いらっしゃい」と牧子さんが笑顔で迎えてくれました。

親子四代に渡り、石狩市の最北に位置する浜益で水産業を営んできた植村水産。まずはこれまでの歩みを辿ります。

ーー創業から35年とのことですが、どのような経緯ではじめたのでしょうか?


植村:この直売所を始めたのは私の夫の代からです。 もともと植村は漁業一本の家系。タコ漁のほかに、カレイや鮭の定置網などの漁をしていました。獲った魚は全て市場に卸していたんだけど、港で漁をしていると「魚を分けてくれませんか」と声をかけてくる人がいてね。そこで「欲しい魚をすぐ買えるように」と、直売所を始めたんです。あまり難しく考えずに、パッと決めちゃったと思いますよ。

始めは浜益のタコをメインにしてたんですけど、お客さんからの「魚も欲しいね」「開きものも欲しいね」という声に応えていくうちに、扱う種類が増えて。今はホタテや牡蠣、夏場のウニ、カレイの一夜干しなんかもつくっています。

ーー牧子さんは結婚を機に水産業を?

植村:いえいえ。私の親も浜益の漁師でしたので、子どもの頃から家の仕事を手伝っていました。ただ、植村家のようにタコやカレイを獲るのではなく、「磯周り」といってウニやヒル貝などを獲る漁師。だから嫁いだ当初は「ウソだ〜!」って思いましたよ。

同じ漁師でも仕事の内容が全然違うから。それまでタコを触ったこともなかったし、魚を卸したこともなかったの。最初は完全にお手上げでしたね。
それでも「この仕事で食べていかなきゃいけない」という一心で。やっぱり「それで生計を立てる」となると、皆さん一生懸命するでしょ。

2年前に夫が亡くなってからは、息子夫婦と3人で営んでいます。息子は漁に出るので、店での仕込みや接客は私と嫁の2人で。お客さんや周りの人たちに助けてもらいながら、35年続けてきました。

ーーご家族だけで35年続けるって、すごいことだと思います。

植村:特別なことは何もしていないんですよ。ただ、「お客さんが欲しいものを出せるように」ということは心がけています。「あれもこれも買ってちょうだいね」っていう押し売りはしたくないの。

お客さんが「欲しい」って言ってくれるから、それに合わせた商品を準備しておく。なかったら「ごめんなさいね」。それを良しとしてくれるお客さんばかりなので、すごく甘えさせてもらっているんですよ。

商品の要は「お金出しても買いたい」かどうか

お客さまの「あったら良いな」の声に応えながら歩んできた植村水産。「続けるコツなんてないの。おしゃべりが好きなだけ」と牧子さんは笑います。
店の看板商品である「タコキムチ」も、周囲からの声から生まれた商品だそう。


ーー来る途中に寄った道の駅で、「タコキムチ」や「タコ松前漬」などを見つけました。商品づくりもご家族でされているのですか?

植村:一番人気のタコキムチは、友人のひと言から生まれた商品なんです。店頭に出せないタコを見て「ねぇ、キムチと和えてみない?」って。ちょうど旬だったアイヌネギも入れてみようって、作り始めたのがきっかけです。もう20年くらい前になるかな。

そうしたら今度は「辛いやつだけじゃなくて、ちょっとしょっぱいのも欲しいね」って。それでできたのがタコ松前漬。最初はタコだけで作っていたものに、浜益のホタテも入れてみたら評判がよくてね。今はタコだけのものと、ホタテ入りとで2種類作っています。

植村:〆ニシンは、数の子を作るために仕入れた魚の使い道に困っていたことがきっかけ。息子の「〆鯖があるなら、〆ニシンはどうだろう」というアイディアから始まりました。ニシンの小骨を柔らかく、酢がキツすぎない味加減を見つけるのが難しくて。酢に漬けることでニシンの皮が溶けてしまうこともあったの。納得のいく商品になるまでは結構苦労しましたね。

松前漬は3ヶ月くらい、〆ニシンは完成まで1年くらいかかったかな。2018年4月の石狩道の駅・あいロード厚田のオープンに、間に合うように作りました。道の駅で〆ニシンを買っていただいたお客さんが、後日浜益まで来て、「ああ、あった」と3つ4つ買ってくださったときは、嬉しかったですね。

ーー友人や家族のアイディアから生まれたものを、商品として売り出すときの基準みたいなものってあるんでしょうか。

植村:やっぱりお金をいただくものだからね。商品として出す前に、試作品をお客さんにも食べてもらっています。「美味しいね」って言ってくれたら「じゃあ、お金払ってでも食べたいと思う?」って必ず聞くんです。「うん」って返ってきたら、「売り出してみよう」となります。

ただ、お客さんの中には正直なことを言いにくい方もいると思うの。だから友人にも同じように「買って食べたいと思う?」と聞いています。友人は「こっちはいいけど、こっちはちょっとね」って言ってくれるのでね。友人も大事なお客さん。

信頼できる人たちの声があるから、“植村水産の味”を作り出せてる。それこそ35年、ずっと来てるお客さんもいますよ。「やっぱりここのタコの味は美味しいよね」って。

夫が亡くなって息子がタコを茹でることになったとき、あるお客さんが「父さんの味守れよ」って言ってくれたの。それを聞いて、「やっぱりお客さんは“植村水産の味”についてくれてるんだな」と思いましたね。

天井にあるフックは、茹でたタコを吊るしておくためのもの。
天井にあるフックは、茹でたタコを吊るしておくためのもの。

苦しいときは必ず手を差し伸べてくれる人がいる

「本当にいい人ばっかしですよ」と話す牧子さん。そんな周囲との信頼関係も、一つひとつの地道な対応から。仕事で使っているという携帯電話には、お客さまの名前とともに、その人が良く買う商品名が登録されているそうです。
近年続くタコの不漁により、苦しい状況だという現在。打開するための希望は、今まで結びついてきた人との繋がりでした。


ーー水産業は不安定な仕事だと思いますが、「このままでは商売が立ち行かない」ということは今までありましたか?

植村:まさに今がその状況です。このままタコの漁がなくなると一気に立ち行かなくなります。今年は4月の中旬までほとんど動きがなくて、昨年も秋からピタッと漁が止まっちゃってね。納品先からも「まだ大丈夫だよな」って心配されるくらい。漁協とも相談しながら、この苦境をどう乗り越えようかと考えているところです。

今いろんな所に協力してもらっているのが、加工品の販路をつくること。タコキムチやタコ松前漬け、タコしゃぶ、〆ニシン、数の子などを石狩道の駅や、石狩北商工会のホームページからも購入できるようになりました。

道の駅オープンに向けた説明会があった時は、ちょうど義兄が亡くなって、行けなかったんです。でも「たまたま枠が空いたから、植村さんどう?」という話をいただいて、置くことになりました。ふるさと納税も「母さん、コロナでゆるくない(大変だ)べ?ふるさと納税に出してみれば?」って、近所の人が声をかけてくれたことがきっかけ。

このお店もね、お舅さんの飲み友達が借りていた土地だったの。夫が「店を出す場所が欲しい」って相談すると「お、わかった。俺のとこ来い!」って言ってくれてね。

だから店を開くことができたのも、35年以上商売できているのも、人との繋がりのおかげなんです。

商品を入れるビニール袋は「浜益はここ」と分かるようにと、周囲の知恵を借りてできたもの
商品を入れるビニール袋は「浜益はここ」と分かるようにと、周囲の知恵を借りてできたもの

会える喜びを楽しみながら

「母さん、こんなことしてみない?」という周囲の声と呼応しながら、名前と味を広めていった植村水産。そのおいしさを知り浜益を訪れるのは、札幌だけでなく、滝川や月形、士別など、車で1時間以上かかる場所に住むお客さまも。
全国にファンを持つ植村水産のこれからについてうかがうと、牧子さんから返ってきたのは家族へのある想いでした。


ーー今後のことで、思い描いていることは何かありますか?

植村:私の亡きあとに、息子夫婦が2人でも続けていけるような形をつくりたいと思っています。夫が亡くなった後が思ったよりも大変だったから。息子たちには同じ思いをさせたくない、というのが一番の想いです。

息子夫婦と一緒に仕事をしていると、私じゃ浮かばない発想が出てくるから面白くてね。タコ足の売り方ひとつとっても全然違う。私は「1本で売る」っていう考え方。一方で嫁は、食べやすい大きさに切って「細い所はキムチに回してもいいじゃない?」っていう発想なんです。

実際に切ったタコ足を出してみると、「太いところだけを楽しみたい」っていうお客さんが買っていったりね。若い2人のアイディアを取り入れながら、植村水産を引き継いでいけたらいいなと思っています。

ーーさまざまなアイディアを取り入れながらも、ブレずに植村水産を守っていられるのは、どうしてなんでしょう。

植村:だっていっぱい聞いても、やれることは少ししかないんだもの。笑 
「それは無理かな」っていうのはポンポンと弾いてますよ。今でもときどき手が回らなくて、お客さんに「ちょっと待ってね」ってお願いしてるくらい。でも、それを許してくれるお客さんがたくさんいるから、「いただいた注文には応えよう」ってやってきました。

だからお客さんが「母さん、来たよ」って会いに来てくれることが、一番の嬉しいこと。
お店を開けると来てくれる人がいて、助けてくれる友人がいて、いろんな方とふれあうことができて。すっごく楽しく商売させていただいてます。

取材後にみた浜益の海は西日でキラキラと輝き、あるがままを楽しむ牧子さんの姿と重なりました。
海風の匂いを忘れないうちにと自宅で食べたタコキムチは、ご飯をおかわりしたくなるほどの箸が止まらないおいしさ。あっという間になくなってしまったので「母さん、来たよ」と、また足を運びたくなりました。

会社情報

植村水産
〒061-3106 
北海道石狩市浜益区川下52
電話 0133-79-3570/FAX 0133-79-3176
営業時間 8:00〜16:00

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