
スイーツで社会をやさしく。パティスリーsorakaから吹く境界線を超えていく風
岩見沢市事業者の想い
文:本間幸乃 写真:斉藤玲子
「この人のために」という思いは人を動かし、強くする。その思いは、ときに想像を超える力を生み出すことさえあります。
パティスリーsorakaは「誰かの役に立つこと」を原動力に、岩見沢産の原材料にこだわったスイーツやパンを届けています。
他者への思いから始まった、パティスリーsorakaの物語。創業者であり、代表の池添幸子さんにお話をうかがいました。

誰も我慢しない、「おいしい」を共有できるスイーツを作りたい
JR岩見沢駅から徒歩10分ほどの住宅街に佇む、パティスリー soraka。取材当日はあいにくの雨模様でしたが、空色の店舗が雨と調和していました。

店内で思わず目を奪われるのが、ショーケースに並ぶやさしい色合いのエクレア。sorakaでは本場フランスに倣って「エクレール」と呼んでいます。創業当初からの看板商品という「月夜のエクレール」について、まずはうかがいます。
ーー「月夜の」というネーミングが素敵ですよね。
池添:岩見沢産の「おぼろづき」という米粉を使っていることから名付けました。
「月夜のエクレール」は、小麦をはじめとした穀物に含まれる「グルテン」を除去した、グルテンフリーのエクレアです。シュー生地もカスタードも米粉から作っているので、小麦粉にアレルギーがある方でも食べられるんですよ。
米粉を贅沢に使いながらも、さっくりとした軽い食感に仕上げているのが特徴です。
お客様が選びやすいように、並べたときの違いや、見た目の美しさを意識しながら、できる限り天然材料の色素だけを使っています。かぼちゃのエクレールであれば、かぼちゃ由来の黄色で仕上げています。

池添:「月夜」シリーズはエクレールのほかにも、マカロン、クッキーなどの焼き菓子、ガトーショコラなどを揃えています。もちろん全てグルテンフリー。使っている米粉は、岩見沢市内にある老舗米屋の山石前野商店から仕入れています。

魅力ある特産品が豊富な岩見沢。「道内外の方に喜んでいただきたいのはもちろんですが、まずは地元の方に、岩見沢の食材の魅力を知ってほしい」と池添さんは言います。
「soraka」という店名は、岩見沢市が位置する空知地方に由来し「空知の空から地元素材のいい香り」を意味するそう。地産地消を大事にしながら商品を届けています。
池添:米粉を使ったグルテンフリースイーツの他に、岩見沢産小麦である「キタノカオリ」を使った食パンやベーグル、カンパーニュなどのパン類も製造しています。岩見沢産のきなこをたっぷり使った「きなこくるみ」、栄養満点の岩見沢産「黒千石大豆」を使用した「黒千石大豆キャラメリゼ」も人気の商品です。

ーー地域の食材を生かした商品を届けているのですね。米粉を使ったグルテンフリーのスイーツに力を入れているのはなぜでしょう?
池添:「社会に役立つものを作りたい」という思いからです。障がいのある人の経済的な自立と、食物アレルギーの課題を合わせて解決できるようなビジネスにしたかったんですよね。
sorakaは就労継続支援B型事業所※でもあるのですが、創業当初から「障がいのある人が作りました」ということを全面に出す売り方はしない、と決めていました。障がいを理由に買ってもらうのではなく、お客様が「お金を払ってでもほしい」と思う、価値ある商品を販売することで、障がいのある人の経済的な自立に繋げたかったからです。
そして、グルテンフリーのスイーツを作ることで、食物アレルギーの課題も同時に解決できると考えました。
食物アレルギーのある人って、食べ物を選ぶときに何かしら我慢してるんですよね。たとえば家族や友人の集まりでケーキを食べる時に、小麦アレルギーのある人は一人で大福を食べている、という話を聞いて。でもきっと、みんなと同じものを食べたいはずです。
アレルギーを持っている人も、持っていない人も、同じテーブルで「おいしいね」って一緒に食べられる物を作りたい。そう思ったんですよね。
創業した2017年は、おいしくて可愛いグルテンフリーのスイーツはまだ見かけなかった頃。マーケットが広くないのであれば、障がいのある人たちのマンパワーで、価値あるものを届けられると考えました。
※雇用契約に基づいた就労が困難な方に対して、就労に必要な訓練や支援を提供している事業所

障がいは他人事じゃない。福祉の課題を打破するために選んだ創業という道
「我慢している人を見ると、共感と悔しさを感じてしまう」という池添さん。その原体験は、思春期に感じた「人の心情の奥深さ」だったと言います。大学で心理学を学び、卒業後に出会ったあるボランティアが、池添さんを福祉の世界に導きました。
池添:大学での勉強は楽しかったのですが、私がイメージしていたカウンセラー像と現実とのズレを感じ、就職も進学も決まらないまま卒業を迎えたんです。
そんな時、たまたま手に取ったフリーペーパーで目に止まったのが「精神障がい者の地域支援のボランティア募集」という案内。「当事者がいる現場を知りたい」と思い切って飛び込んだのが、福祉への第一歩です。
さまざまな困難を抱える方々との関わりをとおして「横に並んで、一緒に地域で生きていく」という関係性が、自分の中でしっくりきて。その後働きながら専門学校に入学して精神保健福祉士※を取得し、精神障がいのある人を地域で支援する道に進みました。
※精神障がいのある方が地域で生活するための支援を行う専門職

ーーそこから創業された経緯というのは?
池添:地域で支援を続けていく中で、障がいのある人の収入の少なさに疑問を抱きはじめたのがきっかけです。
B型事業所の工賃の全国平均額は、1か月で16,000円程度。北海道では19,000円程度です。そんな中でも、全国には現状を打開して、高い工賃を支払っている事例がある。どうして自分のところではできないんだろうと思っていました。
それでもやれることをやろうと、生産性を高める工夫や品質を上げる努力をしてきたのですが‥。やはり一職員でできることは限られていて、組織の壁にぶつかってしまいました。
でも、この状況を変える手段を知っているのに、何もしないっていうのはダメなんじゃないかと。「自分が動かないと」という気持ちから、思い切って創業を決意しました。
ーーすごい熱意と行動力です。
池添:「そうだよね」って協力してくれた仲間がいたからできたことです。創業メンバーは今も一緒に働いていて、感謝しかありません。
行動のモチベーションになったのは、社会や組織に対する「怒り」だと思います。自分の責任で障がい状態になったわけではないのに、どうしてこんなに低い工賃で、軽く扱われないといけないのだろう、と憤っていました。
どうしても他人事とは思えないんですよね。精神障がいも身体障がいも、明日自分がなるかもしれない。自分だったり、自分の大切な人が障がい状態になったときにひどい扱いをされたくないし、プライドを持って働きたいし、生活したい。
障がいのある人もない人も、同じ一人の人間です。「障がい者」ではなく「人」として向き合えば、一人ひとりが魅力や能力を持っていることに気づきます。その力を発揮できる、「挑戦ある生き方」ができる仕組みをつくるのが、福祉事業者の責任だと思っています。
一番の可能性は、踏み出した一歩の中に
「挑戦ある生き方のために」という思いを掲げ、池添さんは2017年2月に株式会社ジューヴルを設立し、同年6月1日にsorakaをオープン。パティシエの指導のもと作られた本格的なスイーツは、地元岩見沢ではもちろん、道内外で開催される物産展でも評判を呼ぶように。
2021年には中小企業庁による「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選出されました。順調に見える歩みですが、池添さんはいまだに自身の力のなさを実感することがあると言います。
ーー創業から今までの7年間で「これは辛かったな」と感じたことってなんでしょうか?
池添:sorakaで働いている障がいのある方々が、辞めてしまうことですね。最近もあったのですが、sorakaをとおして自分の力に気づき、技術を磨いていった人たちが辞めていくのは本当に辛いです。
私の目標は、今利用している福祉制度を返上して、彼らを「雇用」すること。今は福祉サービスを利用している「利用者さん」ですが、いずれは会社のスタッフとして能力を発揮してもらうことで、正当な対価を支払いたいと思っています。
でも今すぐに実現するのは難しくて、福祉的就労という形を取らざるを得ない。その仕組みに不満を持った利用者さんが退所してしまったときは、すごく悔しいですし、自分の力のなさを感じる瞬間です。
さまざまな困難を抱える方々の力を引き出すためには、共に現場で働くスタッフの存在が生命線だと思っています。福祉の仕事は、心を砕いて業務にあたってくれるスタッフの存在があってこそ。
利用者さんとスタッフ、双方にとって心地良い環境になるよう、スタッフ同士でサポートし合える体制づくりもsorakaでは大切にしています。

ーー現場スタッフの方々の尽力があって、利用者さんは力を発揮することができるのですね。池添さんが利用者さんと接する時に大事にしていることってありますか?
池添:決めつけないことですかね。その人の可能性を決めつけないこと。
現場では大変なことも、難しいこともたくさんあります。でも、視点を変えて伝え方を工夫したり、道具を変えてみたりすることで、才能や能力が開花する可能性が必ずあります。
一番大きな可能性って、利用者さん一人ひとりが「ここで働きたい」「お菓子をつくりたい」とsorakaに来てくれること。その気持ち以上に強いものってないと思うんです。
だからこそ、辞めてしまうときはすごく悔しいし、利用者さんの夢や希望を台無しにしてはいけないと思っています。

池添:その人の可能性を信じて関わり続けたことで、薄紙を剥がすように変化していく方々と、これまで何度も出会ってきました。
週に半日しか来られなかった方が、最後は「エクレールを作るならこの人」というくらい、腕利きの職人になったこともあります。その方は前職からお付き合いのある方だったので、10年くらいかかりましたかね。
利用者さんって、どれだけ失敗したり回り道をしたとしても、sorakaに来てくれる。そのひたむきさを見ると「自分だったらできるかな」って思うんですよね。私だったら、自分の困難さに負けてしまうんじゃないかって、すごく思うんです。
私にはない魅力を持っている彼らから、日々学ぶことがたくさんあります。
「誰かのため」から生まれる力を信じて
障がいや難病などの困難を抱える人の中には、過去の自分とのギャップに苦しみ、葛藤される方も少なくない、と池添さんは言います。それでも「ここで働きたい」と訪れる人たちにとって、sorakaは居場所となり、挑戦への入り口にもなっています。
「働くこと」が生きる目的や、幸せを感じる時間になることを体現しているsoraka。思わず投げかけた「働くとは」という大きな問いに対して、池添さんはやさしく、でも迷いのない口調でこう答えてくれました。
池添:私は「働くことは生きること」だと思っています。働くって「自分の役割がある」ことかなって。
たとえば自分が誰かの役に立っているとか、必要とされているとか、感謝されるとか、愛されるとか。そういった実感が得られて「自分、ここにあり」って思えるのって、働くことなんじゃないかな。
ーー今の池添さんの役割は、ご自身でどう思われていますか?
池添:従業員と利用者さんの全員を幸せにしていくことですかね(笑)
幸せって、収入だけで決まるものじゃないですよね。利用者さんの人権を保った工賃を支払って、稼ぐ力をつけてもらうことももちろん大切です。
でも働くってそれだけじゃなくて、人生の満足感だったり、幸福感を得られる時間だと思います。
「これからもsorakaで働きたいな」「働いていることで自分らしくいられるな」と感じてもらえる職場にしたいですし、そういう仕事ができていたらいいなって、思っています。

ーー最後に、これからsorakaで実現したい夢を教えてください。
池添:sorakaの商品を海外にも届けることです。岩見沢の食材が海外に渡る日が来るといいなと思っています。
その時には、sorakaが「障がい」という枠を取っ払って、障がい者も健常者も仲間として、たくさんの人が共に働く場所になっていたいですね。

どんなときも困難を抱える人のことを想う、池添さんの芯の強さに心を動かされた取材。仕事の喜びについてうかがうと「利用者さんのできることが増えていくこと」とブレない答えが返ってきました。
失敗しても、回り道をしても、諦めないこと。sorakaで働く一人ひとりの挑戦から生み出されるスイーツは、食べた人の心をやさしくほどいてくれます。
パティスリー soraka(運営会社:株式会社ジューヴル)
〒068-0026
北海道岩見沢市6条西1丁目4-3
TEL 0126-35-1945
FAX 0126-35-1946
定休日 :月、祝日 (祝日は不定休)
営業時間:
火〜金 11:00〜18:00 (L.O 17:45)
土・日 11:00〜16:00 (L.O 15:45)
Lunch 11:00〜14:00 (L.O 13:45)