豊かな日常と幸せを。地域の食を支える中標津地方魚菜
中標津町事業者の想い
文:三川璃子 写真:大竹駿二
地域の豊かな食を支える台所に──。根室・釧路・羅臼・標津など、北海道東部の漁港に高アクセスな中標津町。酪農が盛んなこの町で、新鮮な魚や野菜、果物を届けようと、公設地方卸売市場が開設されたのは、1975年のことでした。
2011年に民営化された後も地域の食を支えているのが、中標津地方魚菜株式会社です。専務取締役の久本岳徹さんに、これまでの歩みをうかがいました。
朝4時の電話から始まる、地域を支える流通
役場が運営していた市場が民営化され、初代社長となったのが、今回取材を受けてくれた久本さんの父・眞一さんでした。
──創業当時について、久本さんの記憶に残っていることはありますか?
久本:早朝4時に電話が鳴り始めるんです。「この魚いらないか?」って。漁港に魚が揚がって、釧路市場や根室市場に届くタイミングが、だいたいその時間。卸の仕事って、本当に朝が早いんですよ。
深夜2時くらいに、父が起きて電話していた時もありましたね。当時は中学生でしたけど、めちゃくちゃ忙しそうだった記憶が強いです。中学・高校の時には僕もアルバイトで手伝っていましたね。
──その経験が今につながっているのでしょうか?
久本:わりと軽い気持ちで「一回くらい親父の仕事をやってみようかな」と思ったんですよね。入社して最初の1、2年は魚の担当。右も左もわからない状態で、札幌の市場で修行して、マグロの解体技術を身につけました。7年間、毎週日曜日に中標津の東武スーパーで実演しましたね。今でも毎年、大晦日には年1回の恒例行事。おっきな大間のマグロをお客さんの前で捌く。金額も大きいし、「絶対に失敗できない」プレッシャーとの戦いですね。
久本:5年前からは青果の営業を担当しています。急に引き継ぐことになったので、最初は交渉のコツや仕入れる商品の見極めなどもわからず、苦労しましたね。
市場の仕事は、電話1本で100箱・100万円の注文が動くような世界。信頼関係の上に成り立っています。
当初は取引先から「前からコレ使ってるんだよね」と言われても、仕入れ先がわからず・・全てが手探り状態。父には「やったら見えてくるから、失敗して学べ」と言われ、過去の履歴から情報をたどったり、少しずつ仕事になれていきました。
ーー全てが手探りの中で、しんどさを感じることはなかったのでしょうか?
久本:全くなくはないですけどね。 季節ごとに魚も果物も変化していくので、その分、仕事にも変化がある。そこに面白味を感じている部分があるんでしょうね。
選ばれる市場になるために
何でも手に入る時代だからこそ、単に商品を仕入れて卸すだけでは難しい。選ばれる市場になるため必要なのは、鮮度管理の技術や商品の目利き、とりわけ「人間関係は重要ですね」と久本さんは言います。
久本:信頼関係が構築されていないと、こちらが求めている「美味しいもの」は仕入れられないですから。たとえば、仕入れ先も毎回すべての品物が売り切れるわけじゃない。そういった相手の事情も加味して、担当者とコミュニケーションを取っていく。そうやって関係性を築き、良いものを見極める力をつける。そして体力も必要な仕事です。
卸し先も同じで、いかに人間関係を築いて取引を継続できるか。今は昔と違って、私たち市場はスーパーに「選んでもらう」立場になっているんです。
──選んでもらうために、工夫していることはありますか?
久本:例えば果物の特徴を伝えるシールを作ったり、パッケージを考えたり。売りやすくするためのコンサルティング的な部分も担っています。
──仕入れから消費者に届くまでを考えるのがお仕事なんですね。
獲れたての魚のおいしさを、もっと遠くへ
中標津地方魚菜株式会社のもう一つの顔が、加工センターです。「獲れた魚をもっと美味しい状態で全国へ届けたい」と2016年にスタート。加工工場だった施設を買い取り、製造にも進出しました。
久本:設備投資も膨大な額でしたし、当時は「市場が加工をやる必要があるのか」という声もあったと聞いています。それでも人口減少や取引先の変化を見据えたときに、ただ売るだけでは地域を守れないと感じた社長が、思い切って体制を整えたんです。
──加工センターでは独自の窒素生成システムを導入しているそうですね。
久本:獲れたての味をそのまま閉じ込められるように導入しました。
温度差や包装素材の微妙な違いで品質が変わることもあり、何度も試行錯誤を重ねたと聞いています。温風乾燥のため温度管理などの難しさもあるんですが、「これがうまいんだ」という社長のこだわりです。
干物の表面は香ばしく、中はしっとりとしているのが特徴。急速冷凍、真空パック技術も導入しているので、「漁港で食べる味に近いおいしさ」を楽しめると評判です。
──見せていただいたホッケの干物以外にも、商品開発はされているのでしょうか?
久本:ホッケの他にもニシン、カレイが主要な3品目です。西京漬けや醤油みりん漬けといった漬け魚や、近隣で獲れる魚の干物など、中小企業支援センターの協力も仰ぎながら、社長が日々試行錯誤しています。
自分が美味しいと思ったものをさらに美味しくして届けたい。食のおいしさは“幸福感”にもつながるからこそ、社長の思い入れも強いのかもしれませんね。
信頼される味を守り、次世代へ
「食」は、生きるために欠かせないもの。地域の食の質を担保することは、地域の人々の幸せに直結します。飲食店、スーパー、学校給食などに安心安全で美味しい食材を届ける。
中標津地方魚菜株式会社が担っているのは、単なる取引の場ではなく、地域の日常と幸せを守る"食の要"なのだと、感じます。
ーー地域を支える市場の仕事ですが、久本さんはどんなところに面白さを感じますか?
久本:1年を通じて変化に富んでいるところですかね。好奇心が強いタイプなので、多種多様な商品を扱うこと、そこに自分なりの工夫を凝らすこと。
営業の仕事には、自分に「決定権を持つ」面白さがある。“矢面に立つ仕事”なので、正直大変な部分もありますし、営業の担い手も少ないのが現状ですけどね。
知らなかった世界が見える楽しさもありますし、失敗からも新しい発見があったりね。
ーー失敗もそう捉えられるのは、久本さんの強さかなと感じました。
久本:いやいや、強くないですよ。 ただ、置かれた状況を楽しみながら、自由気ままに・・その気持ちだけでも持ち続けていたいな、とは思いますね。
──今後の展望はありますか?
久本:市場の仕事は、まだまだ大変で厳しい部分も多いです。でも未来に繋げていくには、若い世代が水産業や市場に関わりたいと思える環境を作らないといけない。もっと興味を持ってもらえるような環境づくりにも力を入れていきたいですね。
これからは「地域の食のブランド化」をさらに進めていきたいという中標津地上魚菜株式会社。「この味なら間違いない」という信頼を築いていくことが目標だそう。
「美味しいものをもっと美味しく、獲れたての状態で」ーー旨味たっぷりの干物には、中標津の大地と人の力がつまっています。地域の物語も感じながら、ぜひご賞味ください。
Information
中標津地方魚菜株式会社
〒086-1150
北海道標津郡中標津町南中8番地10
TEL:0153-72-3392

