牛が全ての原点。竹下牧場が拓く酪農家の可能性
中標津町事業者の想い
執筆:三川璃子 写真:大竹駿二
「牛と、新しい関係を。」ーー北海道屈指の酪農地域・中標津(なかしべつ)町で酪農を営む竹下牧場がかかげるキャッチコピーです。竹下牧場では、牛とともに生きる酪農家だからこそ知る“牛の素晴らしさ”を伝えるため、酪農の枠にとどまらず「牛と人をつなぐ」活動をおこなっています。竹下牧場2代目・竹下耕介さんの妻である邦枝さんにお話をうかがいました。
チーズは名刺代わり。「竹下牧場の牛乳」ならではの味を届けたい
「チーズを名刺代わりに、牛や中標津をもっと知ってもらいたいんです」という邦枝さん。
2019年に竹下牧場がはじめて販売した「はじめまして。モッツァレラ」は、その代名詞とも言える製品です。
竹下(邦):牛乳って乳業メーカーさんに一極集荷されて消費者のみなさんに届くんですよね。それは効率的でありがたい反面、「牧場の味」がわからない。もっと消費者の方と、直接の接点を持ちたかったんです。
チーズという自社製品があることで、「私たちの牧場の味はこれですよ。こんな酪農をしてるんですよ」と、名刺代わりに伝えられる。竹下牧場や中標津をもっと知ってもらいたい、という思いを込めました。
チーズをきっかけに酪農に興味を持ったり、牧場を訪ねてくれる人がいたり・・つながりを生む“入口”になるんじゃないかなって。
邦枝さんはかつて東京でチーズプロフェッショナルの資格取得後、視察ツアーを期に、夫耕介さんに出会い中標津へ移住したそう。現在は耕介さんとともに、チーズづくりを担っています。2018年敷地内に工房を建て、夫婦二人三脚でのチーズ製造がスタートしました。
ーー牛舎のすぐ近くに工房を建てたのは何か理由があったのですか?
竹下(邦):搾ったばかりの牛乳は、できる限り振動を与えない方がいいんです。振動で脂肪球が壊れると、臭みを吸収して味に影響が出てしまうので。
なるべく生乳が振動しないように、工房への運搬は毎回手作業です。総重量240キロの生乳を12回にわけて、夫がバケツで運んでいます。
ーーそれはすごいですね。
ーーはじめてのチーズはスムーズにできたのでしょうか?
竹下(邦):最初からうまくはいきませんでしたね。モッツァレラチーズは夫、マリボーチーズは私。それぞれの師匠がいて、手解きを受けました。
半年から1年くらいかかって、製品として形になりましたね。
夫婦ともに、海外視察など長年チーズについて学んできたので、その積み重ねが活きたのかな。
ーー竹下牧場のチーズづくりで大切にしていることはありますか?
竹下(邦):「邪魔をしない」ことです。チーズって、乳と乳酸菌がうまく働けるよう、人間がちょっと手助けをするだけ、みたいな感覚なんです。
もとをたどれば、中標津という良い土壌があって、健康な牛がいて。だからこそ、質の良い生乳が育まれ、おいしいチーズに繋がっていくんですよね。
ーー素材が良いからこそ、それを生かしているんですね。竹下牧場ならではの特徴はありますか?
竹下(邦):セミハードタイプのチーズは「リンドレス※」と言って、表皮がないタイプのチーズをつくっています。やわらかくて、味わいもマイルドで、食べやすいんですよね。いわゆる“本場フランス”のチーズが苦手な方にも、おいしく食べていただけると思います。
※リンドレスとは“表皮なし”チーズのこと。「リンド」とは、英語でrind、“表皮”の意味。 白カビチーズなら白カビに覆われた部分、ハードチーズなら表面の硬くなった部分を「リンド」と呼ぶ。
ーー「リンドレス」は何か特別な工程があるんですか?
竹下(邦):ある程度乾かしたチーズを真空パックに入れるだけです。空気がなくても元気な菌が熟成を進めてくれるんですよ。熟成期間は3ヶ月〜半年ほど。ただ、保存期間の短さがネックでもあって。
保存期間を1年以上に延ばすには、表皮が必要なんです。今後は表皮のあるハードチーズにも挑戦したいと思っています。
チーズに続き、竹下牧場ではポタージュスープを開発。牧場の牛乳と地域の食材を掛け合わせたスープには、生産者の物語が詰まっていました。
ーーチーズに続いて、スープを開発したきっかけは?
竹下(邦):中標津と周辺地域には、おいしい食材がたくさんあるのに、土地の恵みを活かした商品が少ないなと感じていたんです。私たちのもとにある牛乳は、どんな食材とも相性がいい!それならば地域の素晴らしい食材と、牛乳をかけあわせたポタージュができないかなと思ったのがはじまりです。
ーーゴボウとブロッコリーは中標津産なんですよね?
竹下(邦):私、中標津のゴボウとブロッコリーのおいしさに感動したんです。雑味がなくてブロッコリー本来の旨味がしっかり感じられるというか。ゴボウは「そば屋 わかもり」さんが、お店で使う食材として、こだわりを持って育てているものです。
中標津の農家さんはそれぞれの想いを大切にして、作物と向き合っている。実際に話を聞いて「この人たちの想いを一緒に届けたい!」ーーそう思った方たちと、一緒にポタージュをつくりました。
ーーポタージュに人と人とのつながりが込められているんですね。
4頭の牛からのスタート、受け継がれる開拓魂
酪農だけでなく、チーズ、ポタージュといった6次産業化も進め、現在は約300頭の牛を飼育する竹下牧場。牛の体調管理や餌やりもIT化が進んでいます。
今の姿からは想像がつきませんが、竹下牧場は1956年(昭和31年)に先代の竹下日吉さんが入植・開拓し、たった4頭の牛から酪農をはじめたといいます。
ーー開拓時代の話が聞けるなんてなかなかないですよね。
竹下(邦):そうなんです。このエリアは同時期に入植・開拓された方が多い地域で、みなさん一緒に頑張ってきた仲間だと、義父から聞いています。
義父は1956年(昭和31年)に佐賀県から北海道に入植して、当時は電気もガスも水道もなかったそうなんです。当時は原野だったこの土地に横穴式住居を掘って、ランプと薪で暮らし、馬と一緒に開拓を進めたそうです。
農地を開墾しながら家をつくり、牛を預かって育成しながら生計を立てていった先代の竹下日吉さん。その後、奥さんのへそくり25,000円で購入した、4頭の子牛から竹下牧場の酪農はスタートしていきました。
農学部の畜産科で学んだ日吉さんは、知識を生かして牧場を拡大。1998年(平成10年)には息子の耕介さんに経営を引き継ぎました。20代という若さで経営を引き継いだ耕介さんは、新たなチャレンジに臨みます。
竹下(邦):経営移譲から数年後、「1頭の重みを感じたい」と、新たに「ブラウンスイス」という乳牛を飼いはじめたんです。
先代は4頭のホルスタインから牧場をはじめ、規模を拡大した。その大変さと醍醐味を夫は自分でも体感したかったみたいで。今では30頭ほどに増えました。
先代の開拓魂を引き継いで、夫は酪農と、さらにその枠を超えてチャレンジしていますね。
牛を、酪農を、もっと身近に
「酪農は敷居が高い」東京に暮らしていた頃、邦枝さんはそう感じていたといいます。酪農家の妻・チーズ職人・移住者という3つの立場となった今、邦枝さんは「酪農のリアルと中標津の豊かさ」を伝えたいといいます。
竹下(邦):東京に暮らしていた頃は「酪農家になりたい」と思っても、現実味がなかったんですよ。すごく遠い世界だなって。
それが北海道に来たら、牧場がすぐ近くにある。
近いけれども、気軽には立ち入れないんですよね。
竹下(邦):それなら酪農家のリアルな暮らしを、実際に見てもらう機会がつくれないかなって思ったんです。そこで「酪農教育ファーム」として、まずは牧場散策を始めました。朝、実際に働いてる時間にリアルな現場を見てもらうんです。
ーー訪れた方に酪農のどんな点を見てもらいたいですか?
竹下(邦):間近で牛を見て、牧場の空気を体感して、おいしい乳製品ができる過程を体感してもらいたいですね。意外に機械化が進んでるから、思ったほど大変じゃないこと。もちろん大変さはゼロではないけれど、「やりがいがあるよ」っていうところも。
食や場の提供に加え、竹下牧場では中標津町の中心部にあるゲストハウス「Ushiyado」、牧場敷地内にある一棟貸しのヴィラ「farm villa taku」という、2つの宿泊施設も運営。酪農の暮らしを体験できる場を提供しています。
竹下(邦):「farm villa taku」はオフグリッド(電気を自給自足する仕組みや生活様式のこと)で、太陽光だけで電力をまかなっているんです。水道もあちこちに走っている農業用の水路を活用していて。
開拓時代には、寒さが厳しくて去った人もたくさんいる。その土地を、思いを、私たちが今継承している。その部分も知ってもらいたいな、と思っています。
ーー牛と人をつないできた竹下牧場ですが、今後描いていることはありますか?
竹下(邦):私たちにとって大切な存在である牛について、もっと多くの方に知ってもらいたいですね。それが酪農が基幹産業である、中標津を活気づけることにもつながるし、ここで暮らす子どもたちの未来にも繋がる。
竹下牧場があるのは、牛というかけがえのない存在があるから。
「牛が全ての原点」ですね。
すべては酪農のリアルを伝え、中標津を知ってもらうための入口。竹下牧場は牛を原点に、酪農家の枠を超え、さまざまな道を拓いてきました。チーズやポタージュスープには、牛と人がともに暮らす中標津の豊かな物語が詰まっています。
Information
有限会社 竹下牧場
北海道標津郡中標津町字俣落63
TEL: 070-1579-1445

