顔が見える素材から、笑顔広がるお菓子を。夢見るケーキ屋ポルテが贈る感動
中標津町事業者の想い
文:三川璃子 写真:小林大起
牧草地を、澄んだ風が渡っていく北海道・中標津町。酪農の町として知られるこの場所に、地元の人たちが「特別な日にはここ」と足を運ぶケーキ屋さんがあります。「夢みるケーキ屋 ポルテ」です。
「自分で作ったお菓子を、大切な人に手渡し喜んでもらいたい。」まっすぐな想いを胸に、歩んできた店主の村上令(りょう)さん。その原点と、これから描く未来についてうかがいました。
作る楽しさと、誰かに手渡す喜び
村上さんがお菓子づくりに出会ったのは、小学生のころ。仲の良かった友人に誘われ、初めてミルフィーユを作ったのがきっかけでした。
ーーお菓子づくりの、どんなところが楽しかったんでしょう。
村上:まず作ることが楽しい。冷凍のパイ生地を焼いて、彼がカスタードを作り、僕はクラムを作って貼り付ける。材料が姿を変え、形になっていく。そのおもしろさが心に残っていて、自分でもときどき家で作るようになったんです。
作ったものを誰かに食べてもらって「美味しい」って言われたら、嬉しい。作るところから渡すところまで、全部が楽しい。そこからお菓子作りの道を選びました。
札幌の製菓専門学校を卒業した村上さんは、「本場で学びたい」と横浜の人気パティスリーへ就職。人一倍早く仕事を覚え、2年目で窯のリーダーに抜擢されたものの退職。その後、幼なじみと事業をはじめましたが・・。
村上:当時21歳で、若さと勢いだけで突っ走ったんです。最終的に立ち行かなくなり、父には「そんな商売したら、あかんで」と論破されました。何も言い返せず、初めて親の前で泣きましたね。
中標津に戻った村上さん。ふさぎ込む日々の中、出会った一冊の本から自分の使命と対峙します。
村上:自分の「ミッションステートメント(使命)」を導き出す、という内容でした。
自分にとって大切なものを言語化していくうちに、たどり着いたのが「周りに笑顔と感動が生まれる手伝いを、私はしている」という一文でした。
そこから生活を立て直すため、アルバイトを掛け持ちして。その後、腰を据えて働こうと洋菓子店「フランダース」に就職しました。
フランダースでは、自分が作ったケーキを直接手渡す機会が多かったんです。相手は家族や友達など見知った人たち。そうすると必ず「これ、本当にお前が作ったの?」って言われる(笑)。で、「うまい」と言ってもらえる。
直接手渡して「ありがとう」をもらえる。
この「お客様の笑顔と感動」と地続きであることが、自分のお菓子作りには大切なんだ、と。そう気づいた時に、僕は本当の意味で「パティシエになれた」と思ったんです。
独立、店づくり、支えてくれたのはいつも中標津の人たち
フランダースへの就職から、半年で店長に抜擢された村上さん。店長の職を5年間勤め、海外での催事出店も成功させた一方で、会社との方向性の違いに、次第にフラストレーションを抱えるようになったといいます。
村上:スタッフのモチベーションを上げるような提案や、利益を上げるための設備投資の提案をしても、最終的な決裁権は僕にはありませんでした。スタッフと良いコミュニケーションをとっても、生産性を高めても、僕は運営のトップであって、経営のトップではなかったんです。
歯痒い思いを抱く村上さんの背中を押したのは、商工会青年部の先輩たちでした。
村上:「そこまで考えているなら、自分でできるんじゃないか?」と言われたものの、独立には不安を感じていたんです。過去に友人と立ち上げた事業の失敗が、信用上の傷として残っているのではと。
その時、同席していた銀行員の方の言葉に背中を押されました。「銀行は計画性で融資を判断します。過去に信用の傷があったとしても、事業計画が素晴らしければ融資に値する。包み隠さず話した上で、計画書を出してください」と。
「じゃあ、やってみるか」と、事業計画書を作成し開業へ向けて動き出しました。
開業当初、OEM(他社ブランドの製造)で売上の柱を作ろうと計画した村上さんでしたが、納品先との契約が頓挫。手元に残ったキャッシュは150万円。数ヶ月後の資金ショートが脳裏をよぎる中、村上さんは70万円のショーケースを1台購入し、自分らの手でお店を形にしていきました。
ーーどうやって、お店を作り上げていったのでしょうか?
村上:開店すると、僕の状況を知った周りの人が助けてくれたんです。
ケーキ作りが追いつかなくなっていたら、フランダース時代の元スタッフが、集まってきてくれて。モルタルを作ろうとしていたら、タイル屋さんが力を貸してくれたり。地元の先輩が手伝ってくれたり。
地域の仲間に助けられてできたお店なんです。
中標津の素材がたっぷり使われた商品が並ぶショーケース。仲間に助けられてきた村上さんだからこその理由で地元素材を選んでいました。
ーーお店づくり、商品づくりで大切にされていることはありますか?
村上:中標津=酪農の町というベースはありますが、結局のところ『人』なんです。この町で暮らしていると、酪農家との縁が多方面でつながっている。それなら、「大切な人たちが作る牛乳で、お菓子を作りたいよね」という話なんです。
ーー地元の生産者さんを応援したい、という気持ちからでしょうか?
村上:「誰かを喜ばせたい」が一番のゴールなんです。
「じゃあ、喜ばせたい人って誰?」「どうしたら喜ぶ?」と因数分解していくと、来店してくれる大多数が中標津の人であり、酪農家や酪農従事者が圧倒的に多い。知り合いが搾った牛乳を、知り合いがケーキにする。そこに、“みんなの喜び”が生まれる。
全てが人でつながっているんですよね。
僕は、「中標津で暮らす人たちと作り上げること」に価値を感じているんです。
悲しませないからこそ、人を喜ばせられる
常に関わる人の喜びを心に留める村上さん。その姿勢は、新店舗への移転計画という大きな局面でも貫かれました。
数年がかりで見つけた理想の土地を購入。いざ着工という段階で、近隣住民への挨拶時、想定外の展開が訪れます。
村上:「本当に建てるの?」という会話から始まり、1時間半ほどかけて関係を構築し、承諾をいただきました。ただ、心にしこりが残ったんですよね。「これで本当にいいのだろうか」と。
相手の方は僕に説得されて、絶対に我慢してくれている。それは全力の応援ではなく、何かを抱えながらの応援になる、と感じたんです。
ポルテには「悲しませないからこそ、喜ばせることができる」という大切なルールがあります。“人としてNGなライン”を守れてこそ、人を喜ばせられる。
今回の選択はきっと、相手の方を悲しませることになる。そう考え、中止を決断しました。
ーーよく立ち止まれましたね。
村上:日々、決めた判断軸をブラさずに思考し、行動する習慣があったから気づけたのだと思います。銀行や関係者の皆さんにも事情を説明し、「理念に沿わない選択肢はしない。これは経営的に損切りです」と丁寧に説明しました。
きっと、あのまま進んでいたら近隣への配慮というブロックがかかり、お客さまに心から楽しんでもらえるお店にはできなかったと思います。それは本末転倒。
結果的に購入した土地は相手方が面倒を見てくださり、新たな土地もすぐに見つかりました。
仲間と共に“ここだけ”の景色を創る
「悲しませないからこそ、人を喜ばせられる」という軸は、スタッフとの関わりにも息づいています。ポルテでは毎月のシフト調整の際、一人ひとりの働き方や家庭の事情、困りごとまで丁寧に聞き取っているそう。
村上:「こういうトラブルがあって困っている」と相談されたら、課題と解消方法を一緒に探り、まずは少人数で試してみるんです。最初は3人から始まり、少しずつ輪が広がっていきました。
さらに取り組みを定着させ、定点チェックできるように生まれたのが「マスト表」です。必ずやること(マスト)と、余裕があればやること(プラスアルファ)を分け、スプーンの補充や保冷剤の枚数、補充時間など細かな部分まで明文化しています。
村上:備品が切れていたら、お客さまにも迷惑がかかるし、スタッフ間にも嫌な空気が漂う。みんながちょっとずつ傷つく。だから仕組みにしてしまおう、と。お客さまと自分たちを守るための行動リストなんです。
スタッフには、「ルールは守るものじゃなくて、育てるもの」だと伝えています。改善点は付箋で貼ってもらい、マネージャーたちが育てていく。今ではトラブルもほとんどなく、「みんなで気持ちよく働こう」という雰囲気になっています。
2027年春には新しいお店がオープン予定のポルテ。最後に新たなお店づくりと今後の展望をうかがいました。
ーー移転先として選んだのはどのような場所ですか?
村上:森のそばにある、かつて牧草地だった土地です。都会の人だけでなく、この町の人にとっての非日常も考えたとき、「森の中」だと思ったんです。
外観は牛舎をイメージした造りで、店内には大きな窓が広がります。初夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色。自然の移り変わりそのものが絵画のように彩る「ピクチャーウィンドウ」です。季節に合わせて、ショーケースの中身も変えていきたい。
ゆくゆくはイートインスペースで、アイスクリームやパフェなど「ここでしか食べられないもの」も提供したいですね。
ーー素敵ですね。最後に今後の展望を教えてください。
村上:ゴールは「ポルテを目指して中標津に来る」人を増やすこと。
実際に通販やSNSで販路が広がり、福岡から来てくださった方もいて。旅の決め手にグルメは欠かせません。
ポルテが道東に来たら必ず寄るべき場所になれたら嬉しいですし、「訪れる価値のある」店舗づくりをしていきます。
自ら掲げたビジョンを誰よりも忠実に守り抜く強さ。そのすべては、「好きな人のために作り、直接手渡して喜んでもらう」というパティシエとしての原点につながっています。この純粋な原動力に前へ進み続ける村上さんが、次にどんな空間を創り上げるのか。新店舗のオープンが今から楽しみでなりません。
濃厚でやわらかく、牛乳本来の甘みを感じるポルテのお菓子。地元の豊かな素材と、地元を愛する村上さんだからこそ生み出せる「優しい味」です。
店舗情報
夢見るケーキ屋ポルテ
〒086-1142
北海道標津郡中標津町大通南2丁目1-1
電話 0153-74-8164
営業時間 10:00〜19:00
定休日 水曜日

