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牛への敬意を胸に。人の営みと自然をつなぐ髙橋牧場のあゆみ

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牛への敬意を胸に。人の営みと自然をつなぐ髙橋牧場のあゆみ

ニセコ町事業者の想い

文:浅利 遥 写真:斉藤 玲子

「あそこにたくさん牛がいますよ!」
羊蹄山と広大な牧草を望む店内からは、のびやかに過ごす牛たちと、笑み溢れるお客さんの姿が。ニセコ髙橋牧場で店長を勤める高井さんは、何気ない会話の中で牛がいる方を笑顔で示してくれました。

「株式会社 髙橋牧場」は、高井さんの父であり酪農家の髙橋守さんが立ち上げ、牛乳のあらたな活路を見出しながら、事業を展開してきました。搾りたての牛乳が織りなすピュアな美味しさに出会える髙橋牧場は、多くの人々で賑わっています。

(提供:髙橋牧場)
(提供:髙橋牧場)

生産調整という壁 牛乳を守るためにはじめた商品開発

酪農を主として経営してきた髙橋牧場。「牛のためにできること」を第一に考え、1996年3月にお店をオープン。牧場の牛乳を使った製品の製造販売がスタートしました。自然なものを使ってつくられる優しい味に、毎年リピーターが集います。

ーー髙橋牧場ではどんな商品を展開しているのでしょう?

高井
:牧場から少し離れた場所で、4つの店舗を運営しています。最初にできた「ミルク工房」では、牧場直営の牛乳を使った、アイスクリームやのむヨーグルト、スイーツの製造販売をしています。
2011年にスタートしたレストラン「PRATIVO(プラティーヴォ)」では、新鮮野菜と自社製造の乳製品を食べることができるランチビュッフェと、本格フレンチ料理を予約制で楽しめるディナーがあります。
2016年にはピザ専門店「MANDRIANO(マンドリアーノ)」をオープン。髙橋牧場のチーズを使った窯焼きピザを提供しています。
そして、2021年からはチョコレート専門店「CACAO CROWN」をオープンしました。髙橋牧場の牛乳と、世界各国から届くカカオ豆を組み合わせて、Bean to Bar※ チョコレートを作っています。

※Bean to Bar(ビーントゥバー)は、カカオ豆からチョコレートバーになるまで一貫して製造を行うこと

ーーもともとは酪農家だったそうですね。牧場の生乳を使った製品づくりはどういった経緯で始められたのでしょう?

高井
:1980年代に牛乳の生産調整が行われて、生乳に出荷量制限がある状況に日本は陥ったんです。廃棄するにも経費はかかるし、100頭以上も牛を飼っていると、その分餌代もかかります。酪農家としてやっていくだけでは経営が成り立たない状況に直面した時、「生乳を自分たちの手でなんとかできないか」と考えて、最初に始めたのがアイスクリームのお店でした。

1号店のアイスクリーム屋を始めた当時の写真。現在はCACAO CROWNの店舗になっている(提供:髙橋牧場)
1号店のアイスクリーム屋を始めた当時の写真。現在はCACAO CROWNの店舗になっている(提供:髙橋牧場)

ーーそうだったんですね。今となっては豊富な商品ラインナップですが、アイスクリーム店からなぜこのスタイルに?

高井
:冬をどう乗り越えるかが大きな課題だったんです。ニセコは、ウィンタースポーツで冬に人が集まるイメージがあります。でも、髙橋牧場は圧倒的に夏なんです。寒い冬に長時間運転してまで、アイスクリームを食べに行こうとはなりませんよね。当時は、お客さんがゼロの日もありました。

アイスクリームだけで通年経営は難しいんですよね。でも、経営者の父としては、従業員を通年雇用したいという思いがあり、冬季休業という選択肢はなかった。
その当時、夏の売上で経営はなんとか成り立っていましたが、「いらっしゃいませ」の一言もなく営業終了する日が続くと、業務にも身が入らなくなるし、人ってしんどくなりますよね。「なんとか冬にお客さんが来てもらえるようにしなきゃ」との想いから、のむヨーグルトやスイーツの商品開発を進めてきました。

高井:アイスクリームに次いで販売が始まったのは、のむヨーグルトです。体にも良いし、老若男女誰からも愛されるのむヨーグルトは、今では店の看板商品に。ギフトとして贈られたり、卸先で販売していただいたり、髙橋牧場が認知されるきっかけとなっていきました。

濃厚でほどよい甘さと酸味がクセになるのむヨーグルト
濃厚でほどよい甘さと酸味がクセになるのむヨーグルト

父の連絡からはじまった スイーツ開発という未知の世界

高井さんが家業に就いたのは20歳の時でした。地元を離れ、札幌の百貨店に勤務。数年間は経験を積むつもりが・・1年で帰省。一体何があったのでしょう。

高井
:札幌の百貨店に勤めてまだ1年も経たないくらいの時、父から「スイーツをやりたいんだけど、やる人がいないから戻ってこないか」と連絡があって。4〜5年は札幌で経験を積んでから地元に戻る気でいたので、最初は戸惑いました。

ーー思いがけない展開に戸惑いもあったのですね。

高井
:そうですね。百貨店では、当初から日本の料理研究科の方がプロデュースしていたカフェでの勤務を希望していました。私自身が食に気を使わなきゃいけない体質だったので、食に関する興味があったんです。でも就職した当時は、スタッフがすでに決まっていたので、異動のタイミングをずっと待っていました。ようやく機が巡ってきた時に、父からの連絡があって。家業を優先させて帰って来た感じはあります。笑

百貨店では、色んな仕事をさせていただきました。普段自分が選ばないところに、偶然居合せたことで学べることって、沢山あるんですよね。自分が思った着地点が違ったから、やらないってことじゃなくて、置かれたからには、一生懸命やるんです。

開業したての百貨店だったので、当時は、どの売り場も人手が足りていませんでした。地下食品売り場のお魚屋さんに漬物屋さん、ケーキ屋さんや婦人服売り場などを転々とサポートに入って。短期間で色んな仕事を経験できたので、自分には良かったと思ってます。

ーー戻ってからはどんな仕事を?

高井
:最初はシュークリームを作るところから。製菓の勉強をしていたわけでもないし、趣味で料理やお菓子とか作っていた程度でスタートしたので、未知の世界でしたね。父が用意していた業務用オーブンの使い方から、大量に焼く方法まで何もわからない状態。有名なパティシエのお店に「教えてください!」と、各地のお店を巡らせてもらいました。うちは酪農が根幹にあってのスイーツづくりだったので「牧場の牛乳を使ったスイーツが作りたい」と伝えると、パティシエの方々もポジティブに捉えてくれました。当時は20歳だったから、怖いものがなかった。「ケーキ部門が軌道に乗るまでは私がやらないと」って使命感に駆られてましたね。

ーーどんなシュークリームが完成したのでしょう?

高井
:焼きたての生地の中に、牛乳の風味を生かしたとろっとろのクリームが詰まった、髙橋牧場こだわりのシュークリームに仕上がっています。店頭のみの販売。
今でこそ、生地から溢れるほど柔らかいクリームのシュークリームは、コンビニにもありますけど、当時は主流じゃなかったんですよね。父たちと一緒に研究を重ねてたどりついた、思い入れのある一品です。

髙橋牧場こだわりのシュークリーム。皮はサクサク、クリームはとろーり。
髙橋牧場こだわりのシュークリーム。皮はサクサク、クリームはとろーり。

牛が大黒柱。牛飼いをおろそかにしては、髙橋牧場はない。

髙橋牧場の事業は徐々に拡大。当初5名だったスタッフが今となっては60名にも及びます。高井さんは製造・販売側から、店舗運営やたくさんの従業員を抱えて一人一人と向き合う立場に。

ーーお店の規模が大きくなるにつれて、どんな苦労がありましたか?

高井
:店舗運営や従業員の体制のことなど、考えることは色々あります。従業員のモチベーションは、お客さんや商品に対する姿勢に現れるんです。最近は、従業員にある程度は任せて、個々で考えて動いていただいてます。
そうは言っても、人は人。私生活が良好でなければ仕事に影響を及ぼしますし、仕事がうまくいかなければ家庭に持ち込むことも。できるだけ公私共に応援できる体制づくりを心がけたいと思っています。

そして、最も大切なのが牧場の管理。牛の管理は、両親と兄が中心となって毎日牛と向き合っています。牛にとっての幸せを考えて、飼育をおろそかにしないという点では苦労は絶えません。髙橋牧場が事業を続けられるのも、牛たちが健康に過ごせているおかげなんです。

ーー髙橋牧場の土台となる牛の飼育において大事にしていることはなんでしょう?

高井
:ストレスなく自由に、牛が牛舎や牧場に出入りできるようにしています。数年前までは日本で主流のつなぎ牛舎で、牛を牛舎につないで朝晩の決まった時間に、搾乳していたんです。今は、兄の提案でロボット搾乳機を導入し、牛たちのタイミングで、機械に入って搾乳することができるようになりました。そうすることで、ストレスによる病気のリスクを抑えることができて、乳量も増えました。導入によって、違った問題や悩み、ロボットの管理や故障への対応に追われ忙しくなったようですが・・笑

(提供:髙橋牧場)
(提供:髙橋牧場)

ーーさまざまな場面で試行錯誤されてきたと思いますが、高井さんはどんな時に喜びを感じますか?

高井
:ニセコでどこへ行こうかとなった時に、老若男女問わずたくさんの方々が髙橋牧場に来て下さるんですよね。地方の方やリピーターの方々からの口コミで認知が広がって、信頼を寄せていただいているのは嬉しいこと。

あとは、たくさんの人と関わることができること。スタッフやその家族、ニセコで共に生活する友人やお母さん友達など関わる全ての方々に、心から感謝です。自分1人でできることは限りがあるから、仲間が増えることは本当にありがたく、嬉しいことです。

お客様にワクワクを届ける牧場であり続けたい

ーー今後やってみたいことは?

高井
:いつ来ても「なにか進化しているね」とワクワク感を抱いてもらえる髙橋牧場であり続けられるように、新たな取組みは常に考えていきたいです。髙橋牧場のお客様の多くは、毎年来るお客さんもいらっしゃいます。訪れるたびに発見があるように、進化もしつつ、地域とのつながりも大切に。特に、ニセコは環境モデル都市・SDGs未来都市に選定されていて、「環境への配慮」が商品開発においても大事な要素になっています。商品をつくるうえで出る副産物を有効活用する方法を探っています。将来的にできたらと思うのは、バイオマス発電。食もそうですが、エネルギーの地産地消を目指したいです。

この店から羊蹄山を望める景色のなかには電線・電柱が一切ないんです。私にとってここは生まれ育った場所であり日常の風景だけど、お客さんにとっては非日常。この景色は壊さずにずっと残していきたいですね。

最後に高井さんにとって髙橋牧場がどんなところかと訊いてみると「原点」という言葉で返ってきました。

高井
:髙橋牧場は観光地と思われがちですけど、もともとは農業がスタートです。人が生きていくためにある農業。ここには、綺麗な空気と水、食べものがあるから人は生きていける。牛から搾った牛乳を、自分たちの手で商品にして販売することで、たくさんの人が喜んでくれます。人が生きていくための原点を私は経験させていただいてます。生きることの根底に携われるっていうのは、素晴らしくありがたいことです。

取材後にいただいたシュークリームとのむヨーグルト。どちらも、牛乳のまろやかな風味が口の中に残ります。髙橋牧場の商品に感じられる「牛乳らしさ」は、大切に育てている牛への敬意と、髙橋牧場のアイデンティティなのだと確信しました。のびやかに育つ牛たちから生まれるピュアな美味しさを発見してみてはいかがでしょうか。

店舗情報

ニセコ髙橋牧場
〒048-1522
北海道虻田郡ニセコ町曽我888-1
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