
職人のひと玉を輝く逸品に。高橋農園が磨き届けるニセコメロン
ニセコ町事業者の想い
文:本間 幸乃 写真:斉藤 玲子
晴れの日も雨の日も、目をかけ手をかけ育て上げる農作物。そのおいしさを直接伝え届けることで、持続可能な農業に挑んでいるのが、北海道ニセコ町にある高橋農園です。
「作る」と「伝える」。その両方を大切にしながら歩んできたという試行錯誤の道のりと、農業への思いについて、代表の髙橋悠太さんにうかがいました。

「毎年一年生」の精神で。きめ細やかな管理で育つニセコメロン
高橋農園は、蝦夷(えぞ)富士と呼ばれる羊蹄山にほど近い、ニセコ町宮田地区にあります。取材でうかがったのはメロンの最盛期である8月上旬。到着後、早速ビニールハウス内を見学させていただくと、そこには収穫間近のメロンが。

2024年に「野菜ソムリエサミット」で金賞を受賞した、高橋農園の「ニセコメロン」について、まずはうかがいました。
ーー高橋農園が手がけるメロンには、どんなこだわりがありますか?
髙橋:メロン栽培で大切なのは、生育中の管理です。うちはあえて生産量をおさえることで一株一株に目を配り、手間ひまかけて育てています。
メロンの健康状態は、天候や気温・湿度だけでなく、植えた場所や時期によっても変わるんですよね。生育状況をプロの目で見極め管理することで、化学肥料や農薬を極力使わない、有機肥料による農法を実践しています。
できるだけ自然の力で育てたいので、受粉はメロンにストレスを与えないミツバチによる自然交配です。生育中は成長を妨げないよう、針金で優しく固定して。開花後は実に栄養がいくように、花を徹底的に摘み取っていきます。
メロンは、手をかけたらかけた分だけいい子に育つんです。
収穫後は一つひとつ手で拭き上げて、産毛を取り除いてから出荷しています。

ーーものすごく手間がかかっているんですね。
髙橋:徹底した生育管理は、先代である父の経験や技術を受け継いでいます。
父は繊細な作業を感覚的に行える職人タイプ。そんな父の“農業センス”と高い技術があったからこそ、今の高橋農園があります。
約40年作り続けてきた父の口癖は「毎年一年生」。前年できなかったことをリカバリーするために、新たな気持ちで学び、挑戦していく。この繰り返しでおいしく高品質なメロンができあがるんです。
ーーそのおいしさの特徴ってあるのでしょうか?「糖度13度以上」というのはホームページで拝見したのですが。
髙橋:甘み、旨み、水分のバランスが取れたメロンを意識して作っています。
あとは自分たちが食べて「おいしい」と思えるかどうか。例えば糖度は高いけど旨みがないとか、「ちょっと繊維質っぽいな」と感じる品種もあるんです。
試験栽培して、食べてみて、納得できるものしか作らない。それが高橋農園のポリシーです。

連作障害が転機となった「顔のみえる農業」
高橋農園の創業は1926(大正15)年。創業当時はじゃがいもや豆などの畑作がメインでした。メロン栽培を始めたのは、約50年前。中山間地の面積が狭い畑で高単価な作物を作ろうと、「プリンスメロン」からスタートし現在へとつながっていきました。
栽培当初は現在よりも規模が大きく、生産量も多かったそう。数をおさえて「手間ひま」をかけるスタイルに至ったのは、約20年前に訪れた大きな試練がきっかけでした。
髙橋:連作障害により畑に土壌菌が発生し、収穫直前のメロンがすべてダメになってしまったんです。加えて土壌消毒で畑をリセットしたために、良い菌もいなくなってしまって。作物がうまく育たない時期が続きました。
経営状態も厳しくなり、父は一度農園を畳もうとしたそうです。親戚農家の熱意とサポートにより、なんとか続けられたと聞いています。
それを機に、100m40列あった露地栽培を10列に縮小し、経営方針を一新しました。数をおさえることで農作物の品質を高める、現在の生産スタイルに切り替えたんです。

髙橋:市場や農協への出荷をやめて、道の駅「ニセコビュープラザ」の直売所で販売を始めたのもこの頃です。
現在も高橋農園の農作物はすべて「農家直販」。生産者の顔がみえる形でお届けしたいという思いから、生産から出荷まで責任を持って、自分たちの手で行っています。
ーーお父様の決断が今につながっているんですね。
「当たり前」に光を当て、見出したブランド価値
生産や販売方法を一新した高橋農園でしたが、その後も経営難は続いていたといいます。状況を「何とか打破したい」と、髙橋さんが家業に入ったのは2013(平成25)年。職人肌の父がつくる農作物の独自性をうまく打ち出せていない現状ついて、もどかしさを感じていたといいます。
髙橋:大学卒業後は営業職に就いたのですが、低迷していた農園の経営状態を何とかしたいという気持ちから、会社を辞めて戻ってきました。
父はものすごく手をかけて高品質なメロンを作っているのに、そのこだわりやおいしさに見合った価格をつけられていなかったんです。
このままではいずれ頭打ちになってしまう。作り方や品質はそのままに、売り方を時代に合わせて変えなければと。
家業に入って決めたのは、「価格競争に乗らない」ことでした。

ーー「安くしない」ということですか?
髙橋:そうですね。うちは出荷数が少ないのに、価格競争に乗っかっていたんです。特にメロンは単価が高いので、下げ幅も大きいんですよね。付加価値をつけて、価格に反映させる仕組みを模索しました。
ただ、「“高橋農園ならでは”の価値がある」と思っていても、うまく伝えられなくて。ネット販売に手を出したり、営業に出ても思うような結果が得られず、足掻いていました。
そんな時期に、結婚しまして。妻の優里がウェブ関係に強いんですよ。
優里:テレビやホテル業界を経て、経営コンサルをしていたんです。
高橋農園には良いメロンがある。こだわって作っている。それってじゃあ、「どうこだわっているの?どうやって作っているの?」と聞き出して、ホームページで発信していきました。
圧倒的に手間ひまをかけて育てていること。生産管理を徹底していること。有機肥料をメインに使っていること。義父にとっては「当たり前」ですが、そこに高橋農園ならではの価値がある。その価値を表に出した上でインターネットで直販できる仕組みを作り、販路を増やしていきました。
「付加価値をつけよう」と何かを新しく始めたわけではないんです。もともとあったものをより輝かせたんですよね。

先代からのこだわりに光を当て、「伝える」ことで活路を見出した高橋農園。髙橋さんが家業に入ってしばらくは、先代が栽培のメインを担う状況が続いていました。「職人肌の父の技術習得には苦労した」という髙橋さん。その技術を身につけようともがいていた時期に、世代交代のタイミングが訪れました。
髙橋:家業に入って7年後の2020年に、父が大病を患って、入院・手術することになったんです。当時はまだ父がメインで作業をしていて、その技術を習得する前に農繁期に突入してしまって。現場は私一人で担うことになりました。
その頃にはオンラインショップの予約も入っていたので、これまで体得してきたもので、なんとかワンシーズンを乗り切ろうと奮闘しましたね。
ハウス栽培は何とかできてホッとしたのも束の間、ニセコ町に台風が直撃して、露地栽培のメロンに被害が出てしまったんです。初めての経験で、アフターケアの方法も教わっていなかったので、その年のメロンはだいぶ不作になってしまいました。
優里:さらにコロナ禍の真っ只中で、「道の駅が閉まるかもしれない」って時だったんだよね。
髙橋:まさに三重苦で、この時ばかりは心が折れそうになりましたね。

ーーそこからどうやって立ち直っていったのですか?
髙橋:手売りやネット販売でお客さんが増えてきていた時期でもあったので、「ちゃんと作れば大丈夫だ」という自信はあったんです。
だからオフシーズンでとにかく知識や情報を集めて、次に繋げようと。回復した父親から技術を聞き出したのはもちろん、全国各地の農家さんの栽培技術を学び、知識を増やしました。
このタイミングが実質経営移譲となりました。経営者となり、自分なりに「高橋農園のブランド」を確立できた時期でもあったと思います。

メロンとコットンで新たな農を紡ぐ
「農業も経営が大事」と語る髙橋さん。小さい面積でも持続可能なビジネスモデルを夫婦で模索し、実践してきました。
その1つがメロンのクラウドファンディングです。2020年から始めた取り組みは現在も続いており、リピーターも多いと言います。
ーークラウドファンディングはどのような経緯で始めたのですか?
髙橋:コロナ禍でクラウドファンディングが注目されたのは知っていたのですが、先ほど話した父の不在と台風が重なって。道の駅がストップした際の対策を考えていた時期でもあったので、「ここで使うしかない」と導入しました。
コロナ禍の「巣ごもり需要」も追い風になり、クラウドファンディングのおかげで47都道府県すべてにメロンを届けることができました。
クラウドファンディングでもリピーターが増えて、オンラインショップと両方で買われる方もいます。応援したいって。
ーー仕事での喜びは、やはりお客様のそういったお声ですか?
髙橋:作ったものを高く評価してもらえると嬉しいですよね。新千歳空港にあるフルーツショップでも4年ほど前から販売してもらっているんです。「北海道の玄関口でうちのメロンを売りたい」という夢が叶いました。
ーー今後の夢も教えていただけますか?
髙橋:実は今、新しい挑戦をしている真っ最中なんです。メロンの栽培技術が応用できる「コットン」栽培を、まちの新たな産業として広げられないかと。
希少価値の高い国産コットンを軸にして、ニセコの事業者さんをつないでいけたらと考えています。

ーーメロン農家として今後考えていることはありますか?
髙橋:コットン栽培が軌道に乗れば、通年雇用の人材が確保できるので、メロン事業の拡大にもつながります。
レストランとの連携で新たなおいしさを引き出したり・・メロンのポテンシャルをもっと広げたいという思いもあります。
メロンから、ニセコ町の農作物や町の魅力を伝えるきっかけを作っていきたいですね。

「父が作ってくれた土台があるから今がある」と話してくれた髙橋さん。お父様が作ってきたメロンのおいしさ、品質の高さを誰よりも理解し、誇りに思っていたからこそ、困難な中でも諦めずにいられたのだと感じました。
「はい、これ持ってって!」と優里さんが持たせてくれたメロンは、冷蔵庫にあるだけで嬉しくなる存在感。食べると上品な香りと旨みが口に広がり、ゆっくりと味わいたくなるおいしさでした。
Information
高橋農園
〒048-1552
北海道虻田郡ニセコ町字宮田107番地1