自由なチーズで驚きと感動を。ニセコチーズ工房の果てなき探求
ニセコ町事業者の想い
文:本間幸乃 写真:斉藤玲子
柔らかくふわふわの食感が楽しめるさけるチーズに、爽やかな風味のブルーチーズ。今までの概念を覆す、驚きのチーズを生み出しているのがニセコチーズ工房です。
「新しさ」と「おいしさ」の両方を追求したチーズは、国内に留まらず、世界でも高い評価を受けています。
「固定概念にとらわれない」チーズ作りについて、代表取締役の近藤裕志さんにお話をうかがいました。
父の姿に見出した小さな希望
ニセコチーズ工房の創業者は近藤さんの父・孝志さん。大手スーパーに勤めていた孝志さんが脱サラし、セカンドキャリアとして選んだのが「チーズ職人」の道でした。55歳で始めた新たな挑戦。その背景について、まずはうかがいました。
ーーお父様は、なぜ「チーズ」を選んだのでしょうか?
近藤:大手スーパーでのキャリアからチーズに勝算を見込んだのと、祖父が酪農を営んでいたことに縁を感じたからと聞いています。父は一度決めたら一気に突き進むタイプ。「これからはチーズが来る」と信じて動いたのだと思います。
フランスの乳製品学校でチーズ作りを学んだ父は、その後蔵王酪農センターで学びを深め、2005年に工房を始めました。
ーーニセコを創業の地に選んだ理由は?
近藤:酪農の地であることと、観光客の数が安定していたからです。父は当初から、チーズ作りを「ビジネス」として設計していました。
これまで培ってきた人脈を活かして、孝志さんは営業活動にも精力的に取り組んだそう。その結果、工房はオープン当初からマスコミに注目され、次第に製造が追いつかなくなるほどに。
しかし近藤さんは、その状況を冷静にみていたと言います。
ーー近藤さんが家業に入ったのはいつですか?
近藤:2010年です。30歳の時でしたね。開業初期から「手伝ってほしい」と言われていたのですが、「素人が始めたチーズ工房がどこまでうまくいくのか・・」と、最初は様子をうかがっていました。
僕、就職氷河期ど真ん中の世代なんですよね。当時は会社員でしたが、いくら頑張っても給与は上がらない。かといって、転職しようにも簡単に仕事は見つからない。
そんな先が見えない状況の中で、工房が5年続いた。父が声をかけ続けてきた。もしかしたら、チーズ職人という道に進んだ方が、未来があるかもしれない。だったらチャレンジしてみようと思ったんです。
生き残りをかけたレシピ改良
入社後、近藤さんは数ヶ月に1回のペースで道内各地の研修会に参加します。そこで得た気づきから、工房の改革が始まりました。
近藤:研修会で出されるチーズは、どれもレベルが高いものばかりでした。伝統的な製法で作られた格式あるチーズや、厳格な基準に満たないと市場に出回らないチーズ。当時はまだ日本と海外との差が大きかったこともあり、完成度の高さに驚くとともに気づいたのが、「うちのチーズはおいしくない」ということでした。
ーー衝撃的なお話です。でも、当時はすでに人気店でしたよね?
近藤:僕からしてみれば、売れているのは観光客の“旅の記念”。専門店やレストランで使ってもらえるレベルには達していないと感じていました。
ーーそれからどうされたんですか?
近藤:すぐに研修会で習ったことを取り入れて、レシピの改良を始めました。
ーーお父様はどんな反応だったのでしょう?
近藤:父とは喧嘩になりました。
それでも変えなきゃダメだと。工房の未来を見据えた時に、観光客向けでは生き残っていけない。
改良したチーズは、クオリティに厳しい業界の人たちにも食べてもらい、積極的に感想を聞きました。その声を元にさらに改良を重ねて、おいしさを追求していったんです。
改良を重ねるうちに僕が1から作り上げたブルーチーズ「二世古 空【ku:】」が、「ALL JAPANナチュラルチーズコンテスト2013」で優秀賞を受賞したんです。当時国内唯一だったチーズコンテストでの受賞は大きな転機となり、念願だった専門店との取引も始まりました。
近藤:未経験からスタートした工房だからこそ、「もっとおいしくできる」と信じていたんです。実際、レシピを少し調整しただけでグッとおいしくなったりして。気づけばチーズの世界にハマっていました。
父・孝志さんも受賞からの取引先拡大を喜んでくれたそう。これを機に製造の核は近藤さんが担うようになっていきました。
完成ではなく進化を。おいしさのアップデートを続けたい
「二世古 空【ku:】」を皮切りに、改良を重ねたチーズは国内外のコンテストで次々に受賞を果たします。
ーーこれまで手がけた中で、一番思い入れのあるチーズは何ですか?
近藤:「二世古 椛【momiji】」ですね。一般的に「ミモレット」と呼ばれるセミハードタイプのチーズで、父の代から作っている看板商品です。2021年には世界コンテスト「World Cheese Awards」で最高金賞を受賞しています。
「椛【momiji】」は、ごまかしが効かないチーズなんです。トッピングや混ぜ物がなく、おいしさがダイレクトに伝わるからこそ、製造技術が問われる。
これをうまくコントロールできなければ、他のチーズは作れません。
チーズ作りは「実験のよう」と語る近藤さんは工学系大学出身。たとえ受賞した製品であっても「どんどん変えていく」のが、ニセコチーズ工房のスタイルだといいます。
ーー製品のこだわりはどんなところにありますか?
近藤:「こだわりにとらわれない」こと。自由度が命なんで。製造方法も乳酸菌の使い方も完全オリジナルです。
最初は研修で学んだ通りに作っていましたが、試行錯誤するうちに「応用した方がおいしくなる」と気づいて。まずは自分なりの仮説を立ててみる。そこから原材料の比率や温度、水分量、発酵度合いなどを調整しています。
ーー自分の中にある完成形を目指して作る、ということですか?
近藤:いえ、完成形に合わせにいくのではなく、常に進化させていきたい。だから一度商品として出したチーズであっても、良くなる要素が見つかればレシピを変えます。
自分の味覚が全てじゃないし、だからこそ、周囲の人に意見を聞いて、徐々に進化させていくんです。
毎朝一番にその日作るチーズを食べてみて、そこから「乳酸菌を0.0001%減らしてみよう」「発酵を5分短くしてみよう」と微調整していきます。ダメだったらまた戻せばいいんで。
近藤:実は2024年に、13年間作り方を模索していたカマンベール「六花【rikka】」の乳酸菌と白カビを一新したんです。そうしたら翌年初めてコンテストで金賞を受賞して。
ーー13年間同じだったものを変えるって勇気がいりませんか?
近藤:怖さよりも、楽しみの方が大きいんですよね。商品が一時的に無くなるリスクや失敗はもちろんあります。それでもおいしくなる余地があるのなら変えちゃいます。どこまでクオリティを高められるのか、その可能性を追求したい。
取引先も変化を一緒に楽しんで、応援してくれています。
自由な感性で拡げるチーズの可能性
既存製品の改良だけでなく、新製品の開発にも積極的に取り組んできたニセコチーズ工房は、2019年の移転を機に、生産体制を強化します。「スタッフにも自由に作ってもらっている」という近藤さんは、工房の未来をどのように描いているのでしょうか。
ーー今後新たにチャレンジしてみたいことはありますか?
近藤:今のスタッフには独立希望や若い人が多いんです。お互いのアイデアを取り入れながら、新たなおいしさを生み出していきたいですね。
今までは僕一人で考えてきたので、自分にないアイデアが出てくるのが面白いんです。
最近スタッフのアイディアから生まれたのが「伸びるチーズ(仮)」。今までとは逆の方向性を意識して生まれた製品です。
近藤:チーズの可能性を拡げることで、「需要を伸ばしていこう」という業界の動きにも貢献できればと考えています。
僕にとってチーズとは「自由の表現」。
これからも固定概念にとらわれず、自由に作り続けていきたいです。
近藤さんの飽くなき探究心により、チーズ作りの革新を進めてきたニセコチーズ工房。固定概念や完成形という「枠」を外すことは、恐れや不安とも隣り合わせなはず。それを「楽しみ」に変えていく強さを感じました。
いただいたチーズは、どれも初めて体験する食感や風味。思わず誰かに伝えたくなるような驚きが詰まっていました。
Information
ニセコチーズ工房有限会社
〒048−1542
北海道虻田郡ニセコ町字近藤425番地6
TEL/FAX : 0136-44-2188
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