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土地への愛と敬意が原動力。ふだんづかいのたまごを作る「カヤニファーム」の道産子アイデンティティ

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土地への愛と敬意が原動力。ふだんづかいのたまごを作る「カヤニファーム」の道産子アイデンティティ

稚内市事業者の想い

文:立花実咲 写真:原田啓介

「カゴを持って、たまごを買いにくる方もいらっしゃいますよ」。
手作りのアスレチックが並ぶ、緑がまぶしい庭で、伊藤香織さんは、そうおっしゃいました。
 
最北の地・稚内で平飼い養鶏をしている「カヤニファーム」の伊藤さん。すべて独学で始めたという行動力と情熱を秘め、地に足をつけて暮らすことを心から楽しみ、大切にしている女性です。

伊藤さんが試行錯誤し、たどり着いた養鶏業の軸は、ローカル。なるべく自然に近い環境で過ごすニワトリたちのたまごは、地域の恵が育む、まさに“地元の味”です。
その秘密と、たまご作りに込めた思いをうかがいます。

地域の恵みがギュッとつまった「宗谷のしおかぜ たまご」

「カヤニファーム」さんのウェブサイトを見ると、こんな紹介文が掲載されています。

「なんか出汁が入っているような味がする!」
あるイベントでたまごを食べていただく機会があり、その参加者できてくれていた中学生の感想でした。さらに遠方から注文してくださった方の中学生の息子さんも同じ感想を寄せてくれました。(カヤニファーム公式サイトより)

冒頭でご紹介したように、「カヤニファーム」さんがある上勇知地区や、稚内市内はもちろん近隣の町からも、わざわざ買いに来るコアなファンを持つ「宗谷のしおかぜ たまご」。胃袋をつかむ美味しさの秘密を、まずはうかがってみました。

── 「出汁の味がするたまご」というお客様からの反響が、ウェブサイトに掲載されていましたが、改めてたまごへのこだわりを教えてください。


伊藤:ニワトリたちの飼料には、栄養を人工的に増強させるような物はまったく使っておらず、無添加100パーセントです。地元産か北海道産のものだけで作っていて、この地域特有の食材で言うと、衛生管理を徹底した水産工場などから新鮮な鮭や利尻昆布をいただいて、配合しています。その海の幸が、たまごの旨味をさらに引き出しているのだと思いますね。

伊藤:利尻昆布は高級料亭や結婚式の贈答品としても使われる食材です。ミネラルや食物繊維はもちろん、タンパク質や脂質、糖質の代謝をうながすヨードもたっぷり含んでいます。健康な鶏が育つ秘訣です。

鮭には、アスタキサンチンという栄養素が、鮭にはたっぷり含まれています。美容効果もあると考えられていて、注目されている成分です。抗酸化作用が強く、その効果は、にんじんなどに含まれているΒ-カロテンの4.9倍、レモンなどに含まれているビタミンCの6,000倍になると言われています。(*1)

── 人間が食べてもまったく問題ない、むしろ美味しそうなレシピですね。

伊藤:なるべく自然な状態で、鶏たちを育てたいと思って。平飼いにしているのも、鶏たちが自由に歩いたり食べたり集ったりできるほうが、ストレスを軽減できるから。

うちのたまごは、だいたいの黄身がレモンイエローなんですが、鮭をたくさん食べる鶏の卵の黄身は濃淡の橙色で個性豊か。それも、このアスタキサンチンの天然色素から生まれる色合いです。

伊藤:ヒヨコのころから自然のもの、地域のものを食べることで、より旨味のあるたまごが作れるのではと思います。
たまごかけご飯や半熟たまごの状態で食べていただくと、より味の個性を体感していただけますよ。

目覚めた道産子アイデンティティ

地元の素材をふんだんに盛り込んだ飼料と、豊かな環境でのびのび育った「カヤニファーム」さんのたまご。そのこだわりは、ファンの健康を根っこからしっかり支えています。
ある日、こんなお手紙が届いたそうです。

『味、大きさ、程よく、とりこになる味。若い頃、お金なく、米もなく、けれど数羽の鶏がいたので、パンにしたり、蒸したり、ふかしたり、工夫していたことを思い出す。昔の大怪我で、杖を持ち、たまに車イスに乗るが、腹には病気がない。だから生きられる。それだけが自慢。病気つくらないことは昔の食事が一番です。今はお金に不自由がないので、思いのまま食事、食べ放題。これが病気の素です。少し乱暴で申し訳ないが、おいしい卵をたくさん生産してください。 九十二才老人』
(Ready for 稚内から!宗谷の鮭と利尻昆布を食べた鶏の卵を全国へ届けたい!のページより)



地域へのリスペクトが込められたたまごが、どんなふうに生まれたのか。それは伊藤さんが稚内へたどり着いた背景に、理由がありました。

── 伊藤さんは、北海道ご出身だとうかがいました。

 
伊藤:はい、札幌です。夫は栃木出身で。
 
── この地にたどりついた経緯を教えていただけますか。
 
伊藤:札幌で仕事をしている中で知り合った方の紹介が、きっかけです。
私達の前に養鶏をしていた方々が居抜きで移住されることになり、即決でした。必要な設備もあるし、自分たちの望む暮らしをすぐに実現できるだろうと思って。
ここ以上の場所はないと思いました。タイミングがぴったりでしたしね。

── 稚内に移住される前は、何をされていたんですか。
 
伊藤:環境教育系のNPOで、仕事をしていました。そこで、ネイチャーツアーの企画もコーディネートしていて。自然と人と文化触れながら、地域の良さを知りつつ、自分たちの足元を見つめ直すコンセプトで、お客様をご案内していたんです。

伊藤:大自然の隣には、必ず人の暮らしがあるんですよね。ツアーでは、お客様がその一端を体験できることを大切にしていました。

私たちもサポートしますが、メインガイドは地元の方。地元の方の声で、地元の時間を知る──そういうツアーをおこなっていて。事業を通じて、地元自慢の上手な方たちとたくさん知り合いました。

しゃべりが上手という意味ではなくて、良くも悪くも地域のことや暮らしをよくご存知ということ。地元の方たちから聞く土地のようすが、リアルに響いてきたんです。

私の実家が転勤族で、常に仮住まいをしているような気分でした。だから、なおさら響いたのかもしれません。

伊藤:ネイチャーツアーを通して、地元の良さを教えてくれる方々と触れ合う中で、自分にも道産子アイデンティティのようなものが流れていることに、気づかされました。

それに、地元自慢の上手な方々がいることは、ローカルに元気がある、つまり、豊かさがあることの証なんだと思うようになったんです。

本を片手に独学で始めた平飼い養鶏

── 札幌に住んでいたころは、道産子アイデンティティのようなものは、あまり感じていらっしゃらなかったんですか。
 
伊藤:北海道生まれだという意識はあったけれど、あんまり考えたことがなかったです。ローカルの価値を目の当たりにして、気づいたという感じでした。
 
── ツアーを通して、養鶏をやってみたいと思うようになったのでしょうか。
 
伊藤:というよりは、自分もどこかの土地に根付いて生活して、地元の方と同じように暮らして、地元自慢ができる人間になりたいと思ったのが最初です。

札幌での消費の多い生活を改めたいと思っていましたし、もともと環境に関わるNPOで働いていたこともあり、環境への問題意識も強かったですし「生活を180度変えたい。変えなければ」と思っていたんです。

伊藤:そのためには新しい暮らしと仕事を作らなくちゃと考えた始めたタイミングで、ご縁をいただいたのが稚内でした。

仕事を養鶏にしたのは、生産活動をしたかったのと、コツコツとりくむ仕事が好きだったから。地域に根付く仕事は何かを考えて、養鶏にたどり着きました。

── 稚内近辺の地域で平飼い養鶏をやっているところはカヤニファームさん以外、ないですよね……?
 
伊藤:家で鶏を数羽、飼っていた方も多いですが、なりわいとしてやっている方はいらっしゃらなかったですね。だから「大変だぞ」っていろんな方に言われました。

でも、先に家、買っちゃったし。まずは独学でいいから、やってみようと思って、本を片手に始めました。やらないことには分からないと思って(笑)。
 
── 行動力がすごいです。
 
伊藤:9割9分、失敗の連続でしたよ。考えながら走ってきたような。まずは自分でやらないと、感覚として自分のものには収まらないと思うので。

── へこたれそうになったこととか、ないんですか?
 
伊藤:逆に燃えましたね(笑)。

ヒヨコを育てるところから始めましたが、1年目は、100羽のうち、 30羽くらいしか育ちませんでした。その30羽も、奇跡みたいなものだったと思います。寒い時期にスタートしたため、ヒヨコたちが冷えてしまったようで。

防ぐ方法も、今なら「ああすればよかったかな」と思うけれど、当時はどうしようもなく。やっぱり生き物が死ぬのは、こたえました。でも「もう1羽も死なせない」っていう思いが強かったです。
 
── 失敗を失敗のままにせず前向きな姿勢で乗り越えてこられたからこそ、今があるんですね。たまごを作る上で、養鶏を始めた頃から一貫していることって、ありますか?
 
伊藤:稚内や宗谷管内から発信できるものとして育てたいという思いですね。たまご作りの中心は、ローカルが基盤になっているという考えが強くて。だから、地元の方にふだん使いしていただけるのが、一番うれしいです。

カヤニファームの「宗谷のしおかぜたまご」は稚内市内のスーパーでも購入できる
カヤニファームの「宗谷のしおかぜたまご」は稚内市内のスーパーでも購入できる

伊藤:地域の外を見て、商品を作ったり情報発信したりした方が、実は効率がいいし、人口が多い街に出した方がたくさん売れるんですけど、それ前提で作るのは、違うなって。

まずは地元の方に愛されて、「美味しいからいつも使ってるんだよね」って言ってもらえる、地元愛に支えられたものを作りたいと思っています。

「この事業は本当に必要なのか?」と自問自答する日々

伊藤さんは2017年に「Ready For」というプラットフォームを利用して、クラウドファンディングを実施。資金調達をする・事業を拡充するという目的に加えて、伊藤さん自身の覚悟を問う出来事だったといいます。
 
── 走りながら考える日々で、立ち止まることはなかったのでしょうか。
 
伊藤:3年前にクラウドファンディングをやったんですが、その頃、「カヤニファーム」の事業自体が、自分にとって本当に必要かどうか、考え始めた時期だったんです。
 
── と言いますと?

伊藤:この場所(カヤニファームの場所)を見つけてすぐ、「やろう」って、パッと勢いで始めた事業です。どこかで振り返る時期が来るとは思っていましたが、カヤニファームを始めて3、4年目くらいで、自分自身、ブレているところが出てきました。
 
すごく小さな事業だし、平飼いのたまごは道内でも他の方も作っているし、手前味噌の範囲で進めている事業が、本当にいま必要なのだろうかって、自問自答しました。

伊藤:労働ありきの仕事で、やることもたくさんある中で、お金を稼ぐことだけを考えれば、他の方法もあるんじゃないかとか、バイトした方が稼げるんじゃないか、とか。自分が大切にしていた、ローカルの重要性とか、食の安全性を追求することが、自分でも自信を持ってやれなくなってきていました。
だから、カヤニファームのやってきたことが、本当に大切なのかを周りに問おうと思って。
 
── クラウドファンディングは、目標金額30万円のところ、100万円オーバーで達成されていますね。
 
伊藤:そうなんです。新しい鶏舎を建てるためのクラウドファンディングだったんですが、支援者の8割は、このあたりの地域の方でした。事業としては小さいので当然かもしれませんが、遠くは九州の方とか、遠方に住んでいる方もクラウドファンディングのリンクを告知してくれたりして。
事業として、ちゃんと継続させようと改めて決心できた出来事でした。
 
── 地元に愛されるというイメージを体現している出来事ですね。移住してくる前に思い描いていた理想に、どれぐらい近づいていますか?
 
伊藤:100パーセントかな!

── おお、即答ですね。

伊藤:『センス・オブ・ワンダー』って本、ご存知ですか? 著者のレイチェル・カーソンが暮らしていた別荘は甥っ子と自然体験を楽しむ森と海辺が見える家でした。そんな環境に憧れていたけど、なかなかないんですよね(笑)。

でも、住めば都です。ここが一番。

養鶏業の方でも、いま新商品を開発中なんです。たまごをダイレクトに味わっていただくためのタレを作っていて。

せっかく広い敷地があるから、ニワトリたちも、もっと広々した草原で放し飼いできたら……と、やりたいことはたくさんありますが、一つずつですね。何をするにしろ、土地のものを、愛するということが、すべての原点だと思います。

「宗谷のしおかぜ たまご」が、この地域を思い出したり、訪れたりするきっかけになったら、うれしいですね。

タイミングを逃さず、思い立ったら即行動する伊藤さん。軽やかに、そして穏やかにお話する姿からは想像がつかないほど、たくさんの大変なことがあったはずです。けれど、地域の方々に支えられた伊藤さんの実直な思いが、稚内を代表するたまごを作り上げました。
地元愛と、海沿いの街ならではの自然の恵みが育んだ、ふだん使いできる「カヤニファーム」のたまごを、ぜひ毎日の食卓に取り入れてみてくださいね。

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