牛とともに創る新たなエコシステム。
興部北興バイオガスプラント
興部町プロジェクト
文:高橋さやか 写真:高橋洋平
北海道・興部(おこっぺ)町。酪農を基幹産業とするこの町で、世界初の試みが生まれています。牛のふん尿から酪農現場で利用される飼料添加物を生み出し、新たな産業の創出を目指す。
2016年の運転開始以来、牛のふん尿や町内の下水汚泥などから、電気を生み、肥料を生み出してきた「興部北興バイオガスプラント」。事業の中心となり携わってきた、興部町まちづくり推進課 バイオエネルギー推進係 係長の安東貴史さんにお話をうかがいました。
地域資源を活かす、バイオマス
バイオマス(biomass)とは、生物を表すバイオ(bio)と、量を表すマス(mass)を組み合わせた造語。一般的には「生物から生まれた資源」を指す言葉として使われています。森林の間伐材、家畜の排泄物、食品廃棄物など、さまざまものが活用されてるバイオマス。興部町では基幹産業である酪農と深く結びついています。
安東:興部町のバイオマス事業は、牛のふん尿処理対策からはじまりました。
かつて、牛のふん尿は酪農家のもとで発酵させ、堆肥として活用されていました。育った牧草は牛の栄養となり、排泄物が再び土に還る、という循環が成り立っていたのです。
昭和初期の興部町は、1戸あたりの牛の飼養頭数が数頭ほど。少ない頭数から出る少量のふん尿であれば、自家発酵させて完熟堆肥を作ることが可能でした。完熟状態の堆肥は臭いも少なく、土壌や牧草が養分を吸収しやすい、理想的な状態でした。
ところが、時代とともに酪農は大きく変わります。農家戸数が減る一方で、1戸あたりの飼養頭数は200頭規模へ。生乳生産は機械化・効率化が進んだものの、ふん尿に関しては従来の個別処理だけでは、処理や堆肥化に必要な設備・労力を確保することが難しい場面も生じるようになりました。
ーー規模の拡大で、どんな課題が生まれたのでしょうか。
安東:飼養頭数の増加にともない、個別農家だけでふん尿処理を完結することが難しいケースが増えていきました。そこで、地域全体で効率的な処理方法を検討する必要性が高まっていったのです。
ふん尿の処理過程では、時期や天候など様々な要因で臭気が生じることがあります。臭気負担の軽減も、地域が抱える課題の一つとなっていました。加えて、雑草混入による飼料品質の低下という問題もありました。
大規模酪農では、飼料を大型機械で一気に刈り取ります。畑に雑草が混じっていると、牧草に雑草が混入してしまう。それを牛が食べると雑草の種は消化されず、未完熟の堆肥に混ざって畑に撒かれてしまう・・その結果、さらに雑草率が上昇するという負の循環が生じていました。
バイオガスプラントでは、ふん尿にメタン発酵をかけると、雑草の種が不活化します。さらに、臭いが低減され、吸収しやすい有効な肥料になる。住民の生活環境としても、臭いが少ない町になる。
臭気対策と牧草の質向上を目指して整備されたのが、興部町のバイオガスプラントでした。
まちの課題を、ひとつの施設で受け止める
興部町では2008年頃からバイオマス活用の調査を開始。転機となったのは2011年の東日本大震災でした。再生可能エネルギーへの関心が高まるなか、2012年のFIT制度(固定価格買取制度)※1 の開始を受けて事業化への道筋を立て、2014年には国の「バイオマス産業都市構想※2」の認定を取得。2015年に着工したバイオガスプラントは、2016年11月に運転を開始します。運転開始前の2016年4月に配属されたのが安東さんでした。
ーー稼働開始直後はどのような状況だったのでしょうか。
安東:2016年4月に着任して、運転開始が11月。勉強はしたものの、スイッチひとつとっても、わからないことだらけでしたね。
原料となるふん尿の受け入れがスタートした11月は、北海道ではもう冬の時期です。収集に行ったものの原料が凍っていたり、吹雪で車が立ち往生するなど、想定外のことだらけ。体力を使った半年でしたね。
メンテナンスに来る業者さんなど、関わる方達の協力を得ながら、少しずつ体制を整えていきました。
※1:固定価格買取制度(FIT制度)とは、再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度
※2:バイオマス産業都市構想は、地域にあるバイオマスを活用して産業を興し、環境や災害に強いまちづくりを進める自治体を認定する制度のこと。内閣府や農林水産省など関係7府省が共同で推進している。
ーープラントでは、具体的にどのようなことをしているのでしょうか。
安東:牛のふん尿をメタン発酵させ、発生したバイオガスで発電しています。年間約300世帯分の電気を生み出し、FIT制度を利用して売電しています。
さらに発酵過程で生まれる消化液は、液体肥料「おこっぺバイオ」として販売し、固形物は戻し堆肥敷料(牛のベッド)として活用しています。消化液は即効性があり、牧草の収穫量を支える大切な地域資源になっています。
臭気問題も大幅に改善されました。プラントでできた肥料が畑に撒かれ、いい餌ができ、いい牛乳になる。良い循環が生まれています。
ーー下水汚泥や家庭ごみも、受け入れていると聞きました。
安東:肥料会社の製造中止によって従来の処理方法の見直しが必要となった下水汚泥や、施設の老朽化で受け入れが課題になっていた家庭ごみ(生ごみ)も、処理の対象に加えています。資源を循環させながら、行政コストの削減にもつながっています。
ーーふん尿の処理から肥料や電気が生まれて、環境もよくなる。一石三鳥のような取り組みですね。
売電の限界。大阪大学と掴む一筋の希望
臭気対策と牧草の質向上を目指して始まったバイオマスの取り組み。当初の構想では、新たなプラントの増設を想定していましたが、未だ叶っていないといいます。
安東:なぜ叶わなかったかというと、売電できない状況が続いたのです。FIT制度という枠組みはあるものの、地方は電線の容量に限界があり、大量に発電しても受ける側が少なければ送電のしようがない。2018年の北海道胆振東部地震によるブラックアウトの際には、住民から「発電所があるのに、なぜ電気が止まるのか」という声も上がりました。
FIT制度は買取期間が20年と決まっています。売電モデルだけではいずれプラントが立ち行かなくなる。新たな活用法を模索したものの、なかなかコストが合わない。先が見えない状況の中、出会ったのが大阪大学の大久保敬教授でした。
ーー大久保敬教授はどのような方なのでしょうか。
安東:大久保敬教授は、常温常圧でメタンをギ酸とメタノールに変換する技術の開発に、世界で初めて成功した方です。
プラントで発生するバイオガス内のメタンをギ酸やメタノールに変換できれば、送電網に依存せず資源を活かせる。この技術に可能性を見出した町長とともに、大阪大学へ向かい教授と交渉しました。
2019年に「バイオガスからギ酸・メタノールの生産を目指す連携協定」を締結。共同研究がスタートしました。
耳慣れない「ギ酸」ですが、実は酪農には欠かせない化学品です。牧草を乳酸発酵させてつくる保存食「サイレージ」の品質を保つための添加剤として使われてきました。
ーーギ酸は、酪農にとってどんな意味を持つのでしょうか。
安東:ギ酸は基本的に、全量輸入に頼っている状況です。近年の資材価格上昇は、酪農経営にとっても大きな負担要因の一つとなっています。
町内で収集した牛のふん尿から作ったギ酸でまかなえたら、資金の流出も防げますし、安定供給もできる。牛の排泄物からギ酸をつくり、サイレージに活用し、牛が食べる。外部要因の影響を受けにくい、地産地消の循環が叶います。
2019年7月からオホーツク農業化学研究センターでスタートした興部町と大阪大学の共同研究。ついに2020年7月、世界で初めてバイオガスからギ酸の製造に成功しました。
バイオマスを起点に循環する幸せなまちへ
2022年5月にはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受け、研究を加速させるメタン酸化技術開発研究棟を竣工。翌2023年には興部町、大阪大学、岩田地崎建設、MORESCOの4者による「カーボンニュートラルイノベーションコンソーシアム」を設立し、ギ酸の連続製造装置の構築と実用化・地域流通を目指して、実証実験を続けています。
ーーお話をうかがって、バイオガスプラントは環境に優しい取り組みである一方、稼働し続けることの難しさを感じました。
安東:この業界はまだ年数が浅く、1番古いところでもまだ20数年です。廃止やリプレイスの事例も少なく、他の自治体や事業者の方がどう進めていくのかは、地域ごとに模索が続いている段階だと感じています。
それでも、地域課題の解決を担う重要なインフラとなっているため、プラントは止めるわけにはいかない。
「もう、ふん尿は受け入れられません」という訳にはいかないんです。
ーー最後に今後の構想を教えてください。
安東:ふん尿処理から始まった農業対策事業が、エネルギーの使い道や新しい産業の話へと進化しています。エネルギーを自給自足できて、環境にやさしく、臭いも少ない。バイオマス発電は、CO₂排出ゼロの電源として、ゼロカーボンにも繋がる非常に大きな取り組みです。
興部の技術を標準化できれば、他の地域でもバイオガスプラントを稼働し続けられる世の中ができると思っています。これはぜひ実用化していきたいですし、まずは2030年を目処に、町内で流通できる仕組みの構築を目指しています。
普通に生きられて、普通に幸せを感じられるまちをつくる。
バイオマスから、産業の振興や住み良いまちづくりにつなげていきたいですね。
まちの資源を循環させ、新たなエコシステムを築く。
その背景には、暮らしに根ざした課題と課題解決に奔走する人の姿がありました。
世界中から注目されているという、バイオガスからギ酸への変換。興部町から始まった取り組みは、日本の酪農と地方の未来を変えていくかもしれません。
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