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酒造りも幼児教育も毎日が勝負 蔵王酒造が育む盃をうるおす酒

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酒造りも幼児教育も毎日が勝負 蔵王酒造が育む盃をうるおす酒

白石市事業者の想い

文:高木真矢子 写真:平塚実里

宮城県白石市で1873(明治6)年に創業した老舗酒蔵「蔵王酒造」。地元で契約栽培された酒造好適米や蔵王連峰の伏流水、冬の蔵王颪(おろし)の寒風という自然の恵みを活かした酒造りを行っています。150年の歴史の中で生まれた「蔵王」や若手蔵人を中心に作り上げた「K(こころ)シリーズ」など、伝統と革新を両立させた酒造りが特徴です。
5代目の渡邊毅一郎さんは保育士だったという異色の経歴の持ち主。蔵王酒造の取り組みや目指す未来について話をうかがいました。

150年の歴史ある酒蔵

1873(明治6)年に個人営業からはじまった蔵王酒造。昭和6年からは銘柄「蔵王」を軸に歩み、昭和45年に社名を「蔵王酒造」と改め現在に至ります。

展示館では150年の歴史と過去の道具もならぶ
展示館では150年の歴史と過去の道具もならぶ

ーー蔵王酒造のこれまでの歩みを教えてください。
 
渡邊:最初は本当に少量の製造からスタートしたそうです。戦争などで増減を繰り返しながら、歩んできました。
 
白石の自然の恵みを活かした酒づくりという伝統的な要素も残しつつ、現在は「盃を重ねるごとに美味くなる酒」をモットーに、米の味わいを感じながらも、体にスッと馴染むお酒を目指しています。
 
2023年に150周年を迎え、数々の受賞歴を誇る蔵王酒造。最近では、全国新酒鑑評会で3年連続の金賞を受賞しています。

実は蔵王酒造では、酒造だけでなく保険事業や不動産事業も手がけています。先代は地元金融機関の経営を並行していたこともあり、蔵人たちが中心となって酒造りを行っていました。
2017年、蔵王酒造に一人の担い手が戻ってきました。5代目となる渡邊毅一郎さんです。

保育士から経営者へ、試行錯誤の日々

蔵王酒造を代々受け継いできた渡邊家。5代目の毅一郎さんは白石で生まれ、仙台で育ち、大学進学を機に埼玉へと移り保育士の道へと進みました。
 
ーー前職が保育士だったということですが、元から蔵王酒造を継ぐという意識はありましたか?
 
渡邊:そうですね。高校時代には、「いつかは後を継ごう」と思っていました。妹と仲が良かったこともあり、小学生の頃から小さい子の面倒を見ることが好きだったんです。家業を継ぐ前に、まずは興味のあることをと、保育士の道に進みました。
 
ただ、酒造と保育は全く別の業種。私自身に酒造りの知識がなく、新たに何かを学ぶなら20代の方が覚えやすいだろうと、30歳までに戻るというタイムリミットを決めていました。
 
保育士からの転身は、一見すると大きなジャンプに見えますが、渡邊さんはその中に共通点を見出しています。

渡邊:酒造りも幼児教育も共通するのは「ほうっておいても成長する」が、「何もしなければ良いものにはならない」ということです。手をかけずとも子どもは大きくなるし、発酵も勝手に進む。でも、アドバイスをしたり、適切なタイミングで手を伸ばすと、可能性を引き出すことができるんです。
 
そして、もう一つの共通点は「同じことの繰り返しでも、そこまでの過程も違えば個性も違う」ということ。例えば、同じ5歳児クラスの担任をする場合、教育指針は決まっていても、その年の子どもたちによって得意・不得意は違います。同じ内容の工作でも、教えるポイントが変わってくるのです。
 
酒造りも同じで、その年によって米のできも違うし、仕込みをする日の環境も違います。毎日が勝負の世界。「いかにその日その日のベストを考えて取り組むか?」という点が同じなんですよね。それが共通する面白さであって、蔵王酒造のつくり手のモチベーションにもつながっているんです。
 
 
ーー蔵王酒造に入られてからはどのようなことに取り組まれたのでしょうか?
 
渡邊:ちょうど新卒のメンバーも入ったところだったので、まずは1年間、私も製造部門に朝から夕方までガッツリ入って一緒に酒造りを学ぶところから始めました。まさに、同じ釜の飯を食う、という関係ですね。
 
この年、製造の平均年齢が50代だったのが、30代へと一気に若返ったんです。杜氏も副杜氏も、私の1〜2歳年上。新卒メンバーからすれば私は上司だけど同僚、杜氏からすれば上司だけど後輩。いろんな関係が混じって、壁がない状態でした。私自身が知識のない状態で戻ってきたからこそ、分からないことを聞いては教えてもらうという、いい関係性が築けたのかもしれません。

平均年齢は現在40代という蔵王酒造の製造メンバーと渡邊さん(左から3番目)
平均年齢は現在40代という蔵王酒造の製造メンバーと渡邊さん(左から3番目)

同世代が多く、自然と意見も出しやすい環境になっていったという蔵王酒造。
酒造りはもちろん、経営も初めてという毅一郎さんでしたが、酒造りと並行して経営の数字を見てみると、酒造部門に課題があることに気づきます。
 
渡邊:酒造部門単体の収益を見ると、なかなかに厳しい数字が続いていたんです。少子高齢化、日本酒離れも進む今、売り上げをガンガン上げていく方向だけでは厳しいと考えました。先代たちが手を入れられなかった内部を整えることにしたんです。
 
お酒は種類によらず、おおむね同じ期間で出来上がります。お米の違いなどはもちろん原価や売値に影響してきますが、人件費や光熱費などはさほど変化がありません。同じだけ費用が掛かるのであれば、その分価格が高く利率の良い商品が多い方が利益が出るわけです。その点、弊社は利益率の低い商品構成が多かったため、そうした商品を徐々に減らし、価格の高い商品のウェイトを増やす方針を決めました。

コロナ禍で売り上げは6.5割減に

以前は現在の3倍の製造体制だったという蔵王酒造。
渡邊さんは、人員も見直しました。退職の際の補充人員数を減らし、ようやくまともな経営になりそうだった頃です。新型コロナの感染拡大が始まりました。
大きな影響を受けた酒類業界。蔵王酒造も例外ではなく、売り上げは6.5割減にまで落ち込みました。
 
渡邊:影響は2021年の1月、2月ぐらいから出始め、3月には売り上げが前年比6.5割減まで落ち込みました。
 
衝撃的な数字だったんですけど、これまで受動的だった輸出を増やしたり、打撃を受けた地元の飲食店でしか飲めない「応援酒」(その飲食店でしか飲めない限定酒)を出したり、新規開拓にも取り組みました。一気に回復するわけじゃないんですけど「何かできないかな」って。試行錯誤するうち、半年後には前年比8割まで回復しました。
 
さらに、上役とのジェネレーションギャップを埋めながら、YouTubeでの配信やSNSの発信にも力を入れました。今年度、ようやくコロナ前と同じ水準まで戻ってきましたね。
 
まだ1件ごとの注文数は減少していますが、コロナ禍から始まった取引や、出展などの助けもありました。イベントも以前のように開催されるようになり、本当にようやく一区切り付いたのかなという感じです。
 
SNS発信強化を含めたオンラインでの展開や、地元コミュニティとのつながりの強化。地元の飲食店などと協力し創出した新たな価値。困難な状況の中でも、蔵王酒造は新たな可能性を見つけ出しました。

インスタグラムやユーチューブなども積極的に活用する
インスタグラムやユーチューブなども積極的に活用する

若き杜氏達と共に作り上げる新たな蔵王酒造

渡邊さんは、若き杜氏たちと共に「蔵王の味」を確立し、新たな蔵王酒造を作り上げようと奮闘しています。中心に据えたのが「飲み飽きしない、ずっと飲んでいられる酒」という方向性。2020年4月には「K(こころ)シリーズ」をリニューアルしました。
 
「Kシリーズ」は渡邊さんが家業に戻る前、2015年に杜氏たち若手を中心につくりあげた特約店限定酒です。家業に入ってから酒造りを学んだ渡邊さんは、今でも疑問を持つとすぐに杜氏たちに質問や相談をするといいます。壁のない関係性だからこそ、日常の会話の中でどんどんアイデアが浮かびます。
 
渡邊:仲の良さだけで言ったら、日本一じゃないかなって自分たちで自負できるぐらい。私が戻ったばかりの頃は昼休みにはみんなでゲームをして過ごしてたくらいです(笑)。
 
ーーコミュニケーションにぴったりですね。相手の動き方とか性格などの特徴もよく出ますし。
 
渡邊:そういう経緯もあって「こんなことやってみたらどうだろうか」「来年こういうことやろう」など、自然と出てくるんですよ。
 
うちは、私が入るまで、多種多様な味わいのお酒を造っていて、「蔵王酒造といえば」という方針がなかったんです。「蔵王の味」として柱を立てたいと、杜氏たちと意見を出し合い「飲み飽きをしない、ずっと飲んでられる酒」を軸に定め、「K(こころ)シリーズ」の方向性を統一してリニューアルしました。
 
2020年4月、「心を込めて醸し、心を込めて管理し、心を込めてお届けします」をコンセプトに定めた「ZAO」。新たな蔵王酒造の誕生でした。

リニューアルしたKシリーズ
リニューアルしたKシリーズ

「ここからがスタート」働きやすさと時代に合わせた次の挑戦へ

渡邊さんは、これからの蔵王酒造について「ここからがスタート」と語り、働きやすさと時代に合わせた次の挑戦を始めています。
 
渡邊:時代に合わせた変化が必要だという考えから、商品の整理などと合わせて働き方も変えました。蔵人はどうしても酒造りという仕事の関係で休みが減ってしまいますが、これまで2週に1日くらいしか終日取れなかった休みを週1にしました。

これまで担当をきっちり分けていた作業も、つくり手の全員が全ての工程を学び、対応できるようにしたんです。みんな探究心が強く、「ほかの工程が覚えられるのは楽しい」と、嬉々として関わるようになりました。こうすることで休みも取りやすくなり、属人的にならずに酒のクオリティを担保できるようになりました。
 
味が良くなったという声もいただきますし、前よりも良い評判をいただけるようになりました。白石市の「ササニシキプロジェクト※」にもお声がけいただいて。地元を盛り上げていくためにも、「蔵王さんとなら」と声をかけていただく気概が増えたのは、うれしいですね。

ーー今、始まっている新たな取り組みはありますか?
 
渡邊:地元の陶芸家とコラボして酒と器をセットにした展示販売を行ったり、2021年からは宮城県七ヶ宿(しちかしゅく)町のダムで「純米大吟醸 昇り龍」を貯蔵し、毎年七ヶ宿の「7」にかけて77本ずつ販売したりしています。
 
ほかにも、市内にワイナリーができるといった話もあるので、今後コラボなどもしていきたいと思っています。
 
ーー最後にこれからについて教えてください。
 
渡邊:業界全体を考えると、若い人にも手にとってもらわないと、日本酒業界全体の存続が厳しくなっています。若い人に飲んでほしいけれども、安価な商品にしてしまうと後々自分たちの首を絞めてしまう。そういった価格面での課題はあり悩ましいですが、どんな形であれ手にとった時に、「日本酒はおいしいもの」だと感じてもらえるよう、日本酒全体の価値を高めていきたいと思っています。
 
蔵王酒造としては、150年の歴史はあっても、方向性が定まったのはここ5年くらい。まだまだ子どもの蔵です。ここから人間性を育んでいく成長過程にあります。
私たちも、これから蔵がどんな風に変化していくか楽しみですし、飲み手の皆さんにも成長を楽しみにしてもらえる蔵であり続けたいです。

それぞれが自分の能力を最大限に発揮できる環境を作ることに注力している渡邊さん。
蔵王酒造では、時代の変化に対応するために、新たな商品開発やマーケティング戦略を考え、知恵を出し合い、未来を創造しようと日々挑戦を続けています。蔵王酒造はこれからも、若き杜氏たちとともに新たな時代を切り拓き続けます。

会社情報

蔵王酒造株式会社
〒989-0253 宮城県白石市東小路120-1
TEL:0224-25-3355
FAX:0224-25-3272
 
蔵王酒造 展示館
(同上)
TEL:0224-25-3356

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